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店を出て京都植物園で腹ごなしの散歩。植物園も美術館も映えがないから行ったことなかったわ。脱帽

「めちゃめちゃ大満足やったわ。」

社長がそう言って、椅子に深くもたれた。さっきまでパンを小さくちぎっては食べて、

コーヒーを飲んで、黙って窓の外を眺めてたくせに、最後の最後で一気に言葉が出る。

博子は笑って言う。

「ほな、帰りにオレンジピールのちっちゃいパンだけ買って帰りません?

明日の朝でもいいし、帰りの電車でコーヒー飲みながらでも、絶対気分ええですよ。」

社長が「それええな」と頷いて、素直に売り場へ向かった。

こういう時の決断が早いのが、この人のいいところでもある。

小さい袋に詰めてもらったオレンジピールのパンを手に持った瞬間、

また顔がちょっと少年みたいになる。

「よし、これで明日も思い出せるな。」

「そうです。余韻の持ち帰り。」

博子がそう言うと、社長が「うまいこと言うな」と笑った。

店を出ると、空気が少し変わる。

朝の光がもうちゃんと出てて、道の向こうに植物園の入り口が見える。

さっきまでの“室内の余白”から、“外の余白”に切り替わる感じや。

社長が聞く。

「植物園って、行ったことある?」

「ありますよ。社長は?」

「ないない。」

即答やった。

「美術館とかは?」

「ないで。」

社長は少し笑いながら言った。

「女の子とデートする時に、美術館とか植物園って選択肢がないわ。

なんか“映え”のあるとこ行きがちやし、どこ行きたい?って聞いたら大体そっち言うし。」

博子は歩きながら頷く。

「わかる。でも、引き出しとして持っといたらいいんですよ。」

社長が首を傾げる。

「引き出し?」

「武器って言ってもいいです。別にずっと全部持ち歩かなくていいけど、

必要な時に出せるカードがあると強いじゃないですか。」

社長が「なるほどな」と言いながら、パンの袋を揺らす。

博子は続ける。

「意外とそういうとこにヒント転がってますよ。人気の店とか、ロジックで詰める

遊びばっかりやと、どうしても視界が狭くなる。でも、無駄に見えるもんって、

だいたい人間に必要やから残ってるんです。」

社長が少しだけ真面目な顔になる。

「無駄に見えるもん?」

「だって、美術館も植物園も、ほんまに無駄なら作られへんじゃないですか。

税金使って、土地使って、維持して。それでも残ってるってことは、行く意味があるんです。」

社長は笑って言った。

「お前、急に説教うまいな。」

「説教ちゃいます。“気づきの候補”を置いてるだけです。社長が勝手に拾ったらええ。」

「それが一番刺さるやつやな。」

社長がそう言って、少し歩く速度がゆっくりになった。

ここに来て、ちゃんと周り見始めてる。

植物園の入り口に着く。券売機の前で料金を見るなり、社長が目を丸くした。

「……四百円で入れるんか。」

「そうです。」

「東京やったら、こういうとこ千円とか取られそうなイメージやけどな。」

「まあ場所代ですね。でもここ、安い割に広いんです。」

チケットを買って入ると、景色が一気に開けた。

道がまっすぐ伸びて、木が並んで、遠くに温室っぽい建物も見える。

朝の空気がすっとしてて、さっきまでの都会の音が少し遠い。

社長が思わず言う。

「めちゃめちゃ広いやん。」

「でしょ。ここ、歩くだけで回復するタイプの場所です。」

社長はキョロキョロしながら歩く。その様子が、さっきまで“社長モード”で固まってた人とは

別人みたいで、博子はちょっと嬉しくなる。

「ちなみにここ、お弁当持ち込みOKなんですよ。」

「え、マジで?」

「マジです。だから次、タイミング合ったら、お弁当作ってここで昼ごはんもありです。」

社長が少し笑って言った。

「お前、ほんまに外で食わせるな。」

「外、効くんです。室内で整えて、外でほどく。そういう流れ、社長に合うと思うんで。」

社長は「そうかもな」と呟きながら、園内の案内板を見た。

温室、バラ園、季節の花、散歩道。選択肢が、目の前にちゃんと並んでる。

「俺、こういうの知らんかったわ。」

「知らんかっただけです。今、知ったんで、今日の勝ち。」

社長が笑った。

「勝ち負け好きやな。」

「好きです。勝てる遊び方の方が、続くから。」

二人はゆっくり歩き出した。

パンの袋が小さく揺れて、朝の植物園の匂いが、少しずつ社長の中に入っていくのが分かった。

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