税理士先生の卓でフリーが終わる。アルカちゃん、サキちゃんの場内指名のパスを投げる
場の空気は、思っていた以上にいい。
酒は回っているが、誰も荒れていない。
話題も散らからず、変なマウントもない。
ただ、ひとつ判断が必要な場面に来ていた。
保険会社の社員二人。この二人には、場内はいらない。
それは、ヒロコの中でははっきりしていた。
彼らは今日は「付き添い」だ。税理士先生との関係性を深めるために来ている。
女の子を指名する気も、今すぐ通う気もない。
それは悪いことじゃない。むしろ、今日の役割としては正しい。
問題は、このあとどうするかだ。
女の子は、サキとアルカ。二人とも空気を読めるし、煽らない。
でも、ずっとヘルプのままでは意味がない。
ヒロコは、軽く一呼吸置いてから口を開いた。
「もしですけど、このあと席チェンジしてもいいですよ。
でも、もし指名入れてくれたら、この子らもめっちゃ喜びます」
言い方は柔らかく。でも、意図ははっきり。
“この場が気に入ったなら、形にしてほしい”そう伝える。
サキとアルカの方を見ると、二人とも一瞬だけ目を合わせて、
小さくうなずく。
――ナイス。そんな目配せだった。
すると、保険会社の一人が少し身を乗り出した。
「俺、あの子タイプやねん。話ももうちょいしたいし」
反対側に座っていたアルカを指す。
(よし)ヒロコは、内心でガッツポーズを決める。場内。
しかも自然な流れだ。黒服を呼び、席チェンジ。
アルカがそのまま残り、サキは一度外れる。
悪くない。むしろ、理想的だ。場内が入ったことで、
卓の“芯”ができた。空気が少し締まる。
ヒロコは、ここで一段階ギアを落とす。煽らない。
でも、場を俯瞰する。「安くはないですけど、
長く付き合える店ですよね」そう言って、税理士先生の方を見る。
「ねえ、先生」軽く振ると、先生が笑って頷く。
「そうやな。今日みたいな感じが一番ええわ」その言葉で、場の方向性が決まった。
派手に飲む日じゃない。じっくり話す日だ。
話題は自然と、前に一緒に行った昼の話になる。
「この前の小籠包、うまかったなあ」
税理士先生がそう言うと、保険会社の二人が興味を示す。
「え、昼にそんなとこ行ってるんですか?」
ヒロコは、少し照れたように笑う。「なんか、ああいうのが好きで。
グラングリーン歩いて、コンビニのコーヒー飲んだり」
言った瞬間、自分で思う。――新地っぽくないな。
シャンパンでもない。高級個室でもない。むしろ真逆だ。
でも、先生はそれを聞いて、悪くない顔をした。
「新地らしくなくて、逆にええやん。ああいう時間、落ち着くわ」
保険会社の一人も頷く。「わかる。仕事の話ばっかりやと、疲れるしな」
ヒロコは、少しだけ安心する。この感覚は、間違っていない。
新地で求められているのは、必ずしも“派手さ”じゃない。息ができる場所だ。
場内が入ったことで、女の子のテンションも上がっている。
でも、浮ついていない。アルカちゃんは、しっかり話を拾い、
保険会社の男の話を引き出している。サキちゃんは外から様子を見て、
必要なタイミングだけ戻ってくる。
チームとして、うまく回っている。
ヒロコはグラスを置き、静かに思う。
今日の勝ちは、金額じゃない。
“この店は居心地がいい”そう思ってもらえたこと。
それが、次に繋がる。新地らしくなくていい。
むしろ、それがいい。そう確信できた夜だった。




