金曜21時。税理士先生が来た。お客様は生命保険会社の方2名。さあどうするか
21時ちょうど。エレベーターが開いて、税理士の先生が入ってくる。
その後ろに、見慣れない男性が二人。
「あ、博子ちゃん。今日はこの二人な」軽い紹介でわかった。
保険会社の社員さん。しかも、税理士向けに保険をあっせんする側の人間らしい。
正直、最初はピンとこなかった。が、話を聞いていくうちに構図は見えた。
税理士が顧問先に保険を提案する。その際、販売を後ろで支えるのがこの二人。
成約すれば、税理士にもキックバックが入る。
――ああ、なるほど。中身が博之の博子には、すぐに腑に落ちた。
保険に特化していた頃、何度も見てきた形だ。
「それって、節税対策と退職金対策がメインなんですか?」
何気なく、そう口にした瞬間。空気が一瞬、止まった。
保険会社の二人が、同時にこちらを見る。
「……え、どこでそんな話聞いたん?」
税理士の先生も、少し驚いた顔だ。
しまった、と思うより先に、博子は自然に言葉を繋いだ。
「最近ちょっと、資格の勉強を始めてて。
なんかその辺、さらっと目に入った気がして」
嘘ではない。言い切らない。でも、はぐらかしすぎない。
このバランスが大事だと、博之は知っている。
「いや、それ普通の子は出てこんワードやで」
保険会社の一人が、感心したように言う。
「話がわかる子、ほんま少ないからな。
そういうアンテナは、もっと張っとき」
軽いアドバイス。でも、それは“同じ目線”に一歩近づいた合図でもあった。
空気が、明らかに柔らいだ。ここで博子は、深追いしない。
あくまで“わかる子”で止める。専門家になろうとしない。
サキちゃんとアルカちゃんがヘルプでつき、卓が整う。
黒霧島。すでに入っていた一本を開ける。「じゃあ、乾杯しましょ」
グラスが軽く触れ合う音。場が一つにまとまる。
飲み始めてからの数分は、雑談に振る。最近の忙しさ。
顧問先の話。金曜日の流れ。保険会社の二人も、少しずつ肩の力が抜けてきている。
(よし、今はいい)博子は内心でそう判断する。
今日は“売る日”じゃない。“居心地を作る日”だ。
税理士の先生が話し、保険会社の一人が補足し、もう一人が相槌を打つ。
そこに、博子が軽く入る。「それ、先生側からしたら、
提案の幅が広がるのはありがたいですよね」
これも正解だった。
「そうそう。全部自分で説明せんでええのは楽や」
先生が笑う。話は自然に回り出す。保険の細かい話に入る前で止めているのが、
逆に心地いい。十五分。二十分。時間はまだ短い。でも、誰も時計を見ていない。
(この感じなら、二セットはいける)博子は確信する。無理に延ばさなくても、
流れは自然に続く。ここから先は、誰を場内にするか。どう次に繋げるか。
でも、それはまだ先の話だ。今は、この空気を壊さないこと。
“話がわかる子がいる店”その印象を、静かに刻む。博子はグラスを口に運びながら、
次の一手を頭の中で組み立てていた。まだ夜は、始まったばかりだ。




