会計士先生に小さな遊びの提案をして3セットが終わる。小さい贅沢時間を探しましょ
店のグラスが軽く空いてきた頃、博子はふっと思い出したみたいに言った。
「先生、簡単に遊べる遊びって、結局こういうのが一番ええんちゃいます?」
会計士先生が箸を止める。
「ほう。どんな?」
博子は指で軽くテーブルをトントン叩きながら、頭の中の地図を広げるみたいに話し出す。
「たとえばグランフロント。西梅田で軽くランチして、グラングリーンの芝踏みながら、
ぼーっとして、コーヒー飲む。」
「ホテルのラウンジじゃなくて、外。あの季節ならまだ暑すぎへんし、
噴水ちょいちょい出てるから、穏やかな気持ちになるんですよ。」
先生が「わかるわ」と笑う。
「しかもな、あれ、大阪のバックヤードにマジで高層ビル建てへんかったの正解やと
思うんです。あの余白、めっちゃ贅沢やん。」
先生は頷きながら、でも少しだけ顔を曇らせた。
「ただなあ……。俺、普段本町やから。あの感じ、意外と味わえへんねんな。」
「わかります。」博子はすぐ頷く。
「本町って、便利やけど呼吸が浅なる感じあるもんな。」
先生が苦笑いする。
「ほんまそれ。」
博子はそこで、少し視線を上にずらして言う。
「だから、でかい休み取られへん人ほど、“30分〜1時間で抜ける遊び”をちょんちょん入れた方がええんちゃいます?」
先生が興味深そうに「たとえば?」と聞く。
博子は即答する。
「京都伏見とか、本当は攻めたいんですよ。酒蔵とか寺田屋とか。」
「でも京都出て伏見って、行くだけで1時間ちょいかかるんですよね。で、
帰ってくるだけでまた時間食う。」
先生がうんうんと頷く。
「そうそう。行く気力が削られる。」
博子は笑う。
「だから、もっと小さいやつです。」
「心斎橋の北極星の本店でオムライス食って、難波の八阪神社行くとか。」
先生が「急にザ・大阪やな」と笑う。
「ええでしょ。あと、難波リバーサイドでちょい散歩とか。」
「難波のあの辺で、1200円くらいのアフタヌーンティーあるんですよ。そういう“プチ息抜き”。」
先生が目を丸くする。
「アフタヌーンティー1200円って、ほんまかいな。」
「ほんまですよ。」博子はニヤッとする。
「あと中之島。バラ園のとこ。公会堂のあたりでビーフオムライス食って、風吸って帰る。」
「カフェでランチして、バラ園ちょっと歩くだけで、頭のモヤがだいぶ薄くなるんです。」
先生は何回も頷いて、口癖みたいに言った。
「わかるわー。染みるわー。」
博子はそこで、もう一個だけ投げる。
「あ、あとね。吉本。」
先生が吹き出す。
「吉本!?」
「そう。飲みだけじゃなくて、“笑い”って強いんですよ。あれ、リセット能力ある。」
「野球もそう。京セラで試合見るとか。1回、場の熱量に浸かるだけで、頭が切り替わる。」
先生は苦笑いしながらグラスを持ち上げた。
「博子さん、ほんま……いっぱい出てくるな。」
博子は軽く肩をすくめる。
「飲みは飲みで楽しいですけど、結局それだけやったらパターン化してくるじゃないですか。」
「話したい相手がいて、飲みが成立する日もあるけど、そうじゃない日は“別のカード”がいる。」
先生が小さく笑って言う。
「この前のコンカフェも、結局めっちゃ楽しかったもんな。」
博子も笑う。
「あれ、良かったですよね。ちゃんと“呼吸”になってた。」
先生が頷く。
「ほんまに。ああゆうのがないと、俺、仕事だけの人間になる。」
博子は少しだけ真面目な声になる。
「だから、先生みたいに忙しい人ほど、でかい旅行より“ちいさい贅沢”を
積み上げた方がええと思うんです。」
「30分でいい。1時間でいい。『今日はこれした』っていうのが残ったら、それで勝ち。」
先生は「うん」と言って、焼酎を一口飲んだ。
そのまま二人は、気づけば店の中で三セット目に入っていた。
話題は仕事の愚痴から、今の景気、部下のクセ、最近のニュース、そしてまた“遊び”に戻る。
気がつけば、時計がだいぶ進んでいる。
先生が名残惜しそうに言った。
「ぼちぼち帰りますか。」
博子は笑って頷く。
「そうですね。今日は“ちいさい贅沢”で終わりましょ。」
先生が立ち上がりながら、少しだけ嬉しそうに言った。
「でも今日のこれ、俺にとっては結構大きいですけどね。」
博子は「はいはい」と笑いながら、玄関まで送った。




