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古民家改装イタリアンのランチコース。内装、空気、コースに気づきがいっぱい

店の中に入った瞬間、空気がふっと変わった。

扉の向こうは音が柔らかい。足音も、会話も、どこか丸くなる。

「いらっしゃいませ。お待ちしておりました。」

店員さんの声が丁寧で、押しつけがましくない。

“高い店です”って顔をせんのに、ちゃんと整ってる。そこがまず、京都っぽい。

アルカちゃんが小声で言う。

「うわ、ちゃんとしてる…。」

さきちゃんも、思わず背筋が伸びる。

「入っただけで、空気が違うな。」

中庭の緑がちらっと見えて、外の路地の細さが嘘みたいに奥行きがある。

博子は案内された席に座りながら、いつもより少しだけ声を落とした。

「ここな。“高級感”って言うより、“いいものを静かに使ってる”って感じやろ。」

アルカちゃんが頷く。

「分かる。高級店って、もっと“見せびらかす感じ”あるもん。」

「せやねん。ここは“私らすごいやろ”を前に出してへん。

それが逆に、ほんまの強さやと思う。」

ふと、奥の席に老夫婦が見えた。

ワインを一本開けて、急がず、騒がず、静かに笑い合ってる。

特別な日っていうより、いつもの一日を丁寧に使ってる感じ。

さきちゃんが目で追いながら言った。

「なんか…ああいうの、ええな。」

博子は小さく笑う。

「な。金持ちって、目立つ金の使い方ばっかりちゃうねん。

“秘密基地”みたいに、落ち着ける場所を持ってる人、結構おる。」

アルカちゃんが肩をすくめる。

「六本木の“映え”とは違うやつやな。」

「違う。ここは“映え”より“沈む”店や。沈むって言うても暗いんちゃうで。

ちゃんと落ちる。胸に落ちる。」

そのタイミングで前菜が来る。

器も盛り付けも、派手じゃないのに手が込んでる。

アルカちゃんが箸を止めて一瞬見惚れた。

「これ、うまそう…。」

一口食べて、三人とも黙る。

しゃべるより先に、体が納得してしまう味やった。

「…うん、当たりやな。」

博子がぽつっと言うと、さきちゃんが笑う。

「当たりっていうか、もう“答え”やん。」

パスタが来る。今日は三人やからハーフの魔法は使えへんかもしれへん。

けど、店員さんが柔らかく提案してくれる。

「もしよろしければ、少し取り分けの皿を多めにお持ちしますね。」

この“気づき”がありがたい。押しつけず、先回り。

こういう店は、客を雑にしない。

パスタは香りが強いのに、重くない。

肉も魚も、ちゃんと芯があって、でも口当たりが優しい。

最後のデザートまで、流れが崩れへん。

アルカちゃんが最後の一口を食べて、ふっと息を吐いた。

「これ、夜やったら…もっと取られるやつやん。」

博子が頷く。

「東京やったらな。普通に三、四万いく。下手したらもっと。」

さきちゃんが「えぐ…」って顔をする。

「でもな、ここは八千円や。」

二人が目を丸くする。

「…八千?」

「この内容で?」

博子は笑いながら、でもちゃんと真面目に言う。

「私ら女性陣だけで来たら、背筋伸びる金額や。けど、東京の社長が

“十”握る世界やったら、これは誤差やねん。」

アルカちゃんが苦笑いする。

「確かに…世界が違う。」

「その“世界の違い”を、うまく使うんが座組やと思うねん。」

博子はグラスを軽く回した。

ここで言いたいのは、安い自慢でも、節約自慢でもない。

「東京の遊びって、たまに“札束で殴り合い”になりがちやろ。

ボトル開けて、店の格で競って、見栄で勝って、みたいな。」

さきちゃんが頷く。

「分かる。競技みたいになる。」

「でも、こっちは違う。札束で殴ってへんのに、質がええ。

しかも、ゆったり食べられる。“余白”を食べてる感じがするやろ?」

アルカちゃんが、奥の老夫婦をもう一回見て言う。

「あの人らが、それ証明してる気するわ。」

「せやねん。高級感を“自分の価値”として見せるんじゃなくて、

“いいものを、静かに使う”のが京都っぽい。」

博子は二人の顔を見て、少しだけ声を落とした。

「この感覚をな、社長に当てると刺さる時がある。

“金を使って勝つ”のに飽きた人ほど、こういうのが沁みる。」

さきちゃんが小さく笑った。

「つまり、殴り方を変えるってことやな。」

博子も笑う。

「そう。“設計で殴る”ってやつ。」

三人のテーブルに、少しだけ静かな熱が灯った。

外の派手さじゃなく、内側が整っていく感じ。

博子は思う。

(これを、どうやって二人の型に落とすか。そこが明日以降の勝負やな)

デザートの皿が空になった頃には、三人とも、さっきより呼吸が深くなっていた。

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