タキモトで店員さんを巻き込んだ日本酒選びを経て座組と選んだ成功体験してもらう
店員さんは、こっちの空気を一瞬で読んだみたいに、冷蔵庫の前で迷いなく指を動かした
「フルーティー寄りで、純米大吟醸で、飲みやすい…ってなると、まずこの辺ですね。」
出てきた名前が、いきなり強い。
「鳳凰美田。あと、醸し人九平次。これは外しにくいです。」
アルカちゃんが目を丸くする。
「なんかもう、名前の時点で強そう…。」
さきちゃんも苦笑いする。
「読めへんやつ多いな…。」
店員さんは笑って、もう一段だけ踏み込んだ。
「で、プレミアムで言うと…田酒ですね。
ただ、これは“お一人一本まで”なんです。入ってもすぐ無くなるんで。」
“お一人一本”。
その言葉だけで、空気が一段上がった。
限定、希少、レア。――そういう単語に弱いのは、社長だけじゃない。
アルカちゃんが小声で言う。
「これもう正解しかないやつやん…。」
さきちゃんも頷く。
「どれ選んでも勝てる感じする。」
ヒロコは少し離れた位置で、そのやり取りを“遠目”で見てた。
口を挟まない。ここは二人に一回、自分の手で選ばせる時間。
(この時点で“座組”はできてる)
店員さんという第三者が入った瞬間、会話は「女の子の好み」じゃなくなる。
“店が選んだ”“プロが勧めた”に変わる。
社長相手には、この一段が効く。言い訳が立つから。
店員さんが続ける。
「鳳凰美田は華やかで、香りで押すタイプ。
九平次は、きれいにまとまるけど、余韻が残る感じです。
田酒は…まあ、人気の理由は飲めば分かりますね。」
さきちゃんが、冷蔵庫の中を覗き込みながら言った。
「えー…でも、ここからどう絞るんですかね。」
アルカちゃんも同じ顔をする。
「たしかに。全部よさそうやし。」
そこで博子は、背中越しに軽く投げた。
「最後は、ラベルと値段と、“今日の気分”や。
社長が何飲み慣れてるかとか、今どんなテンションかとか。」
二人が「なるほど…」って顔になる。
店員さんは、その“気分”の言葉に乗っかってくれた。
「もし“特別感”を優先するなら、田酒が一番分かりやすいですね。
限定一本っていう時点で、今日のストーリーになりますし。」
博子はその一言で、腹が決まった。
京都で落とすとか、伏見でどうとか、今日は一旦置いていい。
“今は二人に成功体験を持って帰らせる日”。
(ここで田酒を選ぶのは、強い)
アルカちゃんがさきちゃんを見る。
さきちゃんが「…行こか」って目で返す。
二人が同時に頷いた。
「じゃあ…田酒、お願いします。」
店員さんが「かしこまりました」と言って、丁寧に一本を取り出した。
それだけで、場の温度が上がる。“やった感”がちゃんと残る。
アルカちゃんが、ふっと笑った。
「これ、社長に言えるな。“一本しか買われへんやつ取れました”って。」
さきちゃんも小さく笑う。
「一言で勝てるやつやな。」
博子は内心、少しホッとした。
今日の目的は“鉄板のコピー”じゃない。二人が自分の言葉で、社長に渡せる弾を作ること。
田酒は、分かりやすい弾になる。
支払いと梱包が終わる頃、博子が店員さんに軽く頭を下げた。
「ありがとうございます。タクシー呼べますか?」
店員さんがすぐ手配してくれる。
店の外に出ると、六条の空気が少しだけ柔らかく感じた。
アルカちゃんが言う。
「なんかもう、酒選んだだけで一仕事終わった気する。」
さきちゃんも頷く。
「分かる。でも、“店員さん巻き込む”って、あれ効くな。」
博子は笑って返す。
「せやろ。“プロが言うた”って、男の人にとっては救いやねん。
言い訳が立つ。自信持って飲める。」
そこへ、呼んだタクシーが滑り込んでくる。三人は自然に荷物をまとめて乗り込んだ。
次は五条の店。さっき掴んだ“一本しか買えない田酒”が、今日の流れの芯になる。
博子は窓の外を見ながら思った。
(今日はこれでええ。刺す日じゃない。揃える日や。)
タクシーがゆっくり動き出して、京都の街が次の場面に切り替わっていった。




