水曜日の同伴の準備。北新地で2人で1万円の店選び。今日のことを考え被らないよう豚しゃぶを提案する
予算二人で一万円。それを前提に店を探すというのは、
北新地では思った以上に難しい。この前は日本酒と一品料理でうまくいった。
雰囲気もよかったし、会話も落ち着いてできた。
ただ、同じ流れを続けるのも芸がない。
次は少し温度のあるもの、鍋がいいなと思った。
鍋なら自然と距離も縮まるし、会話も間が持つ。何より「ゆっくり食べる」
という前提が作れる。そう考えて豚しゃぶの店をいくつか当たってみたが、
やはり北新地。コースにすると軽く一万円を超えてくる店が多い。
「ああ、やっぱりそうか」一瞬、福島や西天満にずらすことも考えたが、
今回は“北新地でやる”こと自体に意味がある。だから逃げない。
方針を切り替えた。コースは使わない。アラカルトで組む。
豚しゃぶを一人前ずつ。野菜は盛り合わせを一つ。
〆は様子を見て。お酒はそれぞれ一杯か二杯まで。
これなら、ギリギリ一万円前後に収まる計算だ。
問題は「超えそうな時」だ。ここで無言で進むと、後から気まずくなる。
だから、最初から逃げ道を作っておく。
予約の電話で、博子はこう伝えた。
「二人で一万円くらいを目安に考えていて、
もし超えそうになったら、声をかけていただけますか?」
一瞬の間。それから店の人は、ああ、わかりましたと穏やかに返してくれた。
この一言があるかないかで、空気は全然違う。値段を気にしない“フリ”をするより、
気にしていることを最初から共有した方が、よほど大人だと博之は知っている。
予約を入れたあと、食べログを確認する。
評価は派手じゃないが、写真を見る限り悪くない。
内装も落ち着いている。個室じゃないのも、今回にはちょうどいい。
そのURLを、不動産会社の社長に送る。
「次はこんな感じでどうですか?今日が日本酒と一品だったので、
次は豚しゃぶでゆっくりできたらなと思ってます。
一応、仮で予約だけ入れてます。一万円超えそうなら声かけてもらえるよう手配してます。」
少し間を置いて、返事が来る。
「OKOK。一万円で声かけてくれるようにしてるの、
ええな。その辺ちゃんとしてるの、助かるわ」
その一文を見て、博子は小さく息を吐いた。
ああ、大丈夫そうだな、と。
二十歳の女の子が、ここまで予算感を意識して、
しかもそれを相手にちゃんと伝える。
普通なら「可愛げがない」と取られてもおかしくない。
でもこの人には、むしろ逆に映ったようだった。
高い店を選ばない。無理に背伸びもしない。
でも、手を抜いているわけでもない。
「今日はこうだったから、次はこう」
その流れをちゃんと考えていることが、
相手にも伝わっている。
博子はスマホを置き、少し肩を回す。派手な勝ちじゃない。
でも、確実に“積み上がっている”感触があった。
北新地は高い。だからこそ、安く済ませる工夫が生きる。
一万円をどう使うか。それは金額の話じゃなく、
相手との距離の取り方の話だ。博子はそう思いながら、
次の出勤に向けて、もう一度メニュー写真を見直すのだった。




