火曜夜。不動産会社社長との店外と水曜日の同伴の約束
福島で、不動産会社の社長と会う。
そう決まった時点で、ひろこは「今日は大丈夫な日やな」と思っていた。
約束の時間、十九時。社長は、仕事終わりそのままの流れでやって来た。
スーツは少し着崩れているが、疲れよりも気分の軽さが勝っている顔だ。
「最近、どうですか?」
博子がそう聞くと、社長は椅子に腰を下ろしながら、少し笑った。
「まあ、ぼちぼちやな。最近は中国人によう売れてるわ。特にタワマンは強い」
なるほど、と思う。今の大阪の流れそのままだ。
「相続絡みで手放す案件もあるし、全部が全部、派手な話ばっかりちゃうで」
そう言って、日本酒のメニューをめくる。
博子は、少し考えてから口を開いた。
「タワマンは、正直、私にはまだ遠い話ですね。
でも、相続とか、ちょっと古めの小さい物件の話は、
なんか現実味あります」
「頑張ったら、もしかしたら手が届くかもしれない、っていう感じがします」
社長は、箸を止めてひろこを見た。
「ほう。そこに目行くんは、ええな」
「ワンルームの話も、ちょっと聞いたことあるんですけど、
正直、あんまりしっくり来なかったです」
率直に言う。社長は、苦笑いした。
「ワンルームに引っかからへんのは、まあ、ええことやな」
「客付け、意外と大変やしな。見た目ほど楽ちゃうで」
話は、自然と仕事の延長線に乗る。売り方。持ち方。出口の話。
難しい専門用語は使わない。でも、軽くもしない。
日本酒が運ばれてくる。写楽。福島県の定番の銘酒で、外れない。
「ええとこ突くやん」社長がそう言って、グラスを傾ける。
「日本酒、いけるん?」「たくさんは飲めないですけど、
ちょっとたしなむ程度には」そう答える。
「最近、フルーティーな日本酒が多いなと思って、
少しだけ調べたりするんです」
そう言いながら、博子はスマホを取り出す。
全国の日本酒ランキング。都道府県別の一覧。
「出身地とか分かれば、その土地のお酒を調べたりもします」
「へえ……」社長が感心したように言う。
「なかなか、痒いとこに手届くな」
「今度、お客さんにプレゼントする時、出身地教えたら、
博子ちゃんに選んでもらおかな」博子は、すぐに返す。
「もちろんです。一緒に探させてください」
料理も、どれも丁寧だ。派手さはないが、
一品一品、手を抜いていないのがわかる。
「この店にして正解やったな」社長がそう言う。
博子も、同じことを思っていた。
最近、店選びの当たりを引く確率が上がっている。
それは、生前の博之であったころの感覚が、
少しずつ今の身体に馴染んできた証拠でもあった。
二時間ほどで、会は終わる。だらだらしない。それが、またいい。
「明日、今日みたいな感じやったら、店にワンセット行ってもええで」
その一言で、博子の中で、明日の夜が形になる。
「夜ご飯、博子ちゃんに頼もうかな」
「高くない感じで、今日みたいなん、調べてくれたらええ」
「分かりました」その返事は、自然に出た。
二十一時前、家に着く。早めに終わってくれたのが、ありがたい。
「ええお客さんやな」そう独り言を言いながら、博子は靴を脱ぐ。
シャワーを浴びて、少しだけ体を休めてから、
ノートパソコンを開いた。明日の店を、もう一度探す。
距離。雰囲気。価格帯。今日の流れを壊さない店。
画面をスクロールしながら、博子は静かに思う。
――こういう夜が、続いたらええな。派手じゃない。でも、確実。
そうやって、水曜日の準備は、静かに始まっていった。




