金曜日。清掃会社社長との同伴。安定しているが、店外期待ありきでスケジュールが厳しくなってきた
金曜日。清掃会社の社長との同伴の日。
最近は姫路に一緒に行ったし、連絡はこまめに取っていて、関係性は悪くない。
むしろ安定している。安定しているからこそ――
博子は少しだけ、ピッチングが難しくなっている感覚があった。
東京の社長たちとの団体戦。おじいちゃんとの“店外”の一日。
ああいう濃度の高い時間を経験してしまうと、安心感のある関係性は、
どこかで“守り”に入ってしまう。それが、博子には少しだけ苦しい。
今日は天ぷらじゃない。刺身の美味しい店へ誘導する。
派手じゃない。でも外さない。
店に入ると、社長はすでに上機嫌だ。
「やっぱ博子とおらんと寂しいわ。」
開口一番、そう言う。
「特にあの旅行な。」
姫路城のことだ。
「またどっか行きたくなってしまった。」
刺身の盛り合わせが運ばれてくる。
氷の上に並ぶ魚が美しい。
「今の趣味はな。」
社長は箸を動かしながら言う。
「博子と会って、近況報告して、ゆっくりご飯食べて、店行く。」
「それが最近の楽しみや。」
博子は微笑む。
「時々、どっかちょっと行ってくれたら、ほんま嬉しいな。」
その言葉は重くない。
でも、ちゃんと気持ちが乗っている。
博子は一瞬、間を置く。
「私もめっちゃ嬉しいです。」
「姫路城もほんま楽しかったし。」
でも。
「ちょっと明日明後日、東京から社長さん方が来て。」
社長の箸が少し止まる。
「団体戦で受けるんですよ。」
「で、日曜日は京都で接待の座組が団体であって。」
「別件でも東京、大阪でも依頼あって。」
「女の子との調整とかもあるから、休みの日もなかなか気が抜けないんです。」
博子は正直に言う。
「フルで一日休みっていうのが、ちょっと取りづらくなってきてて。」
「半日ぐるっと回るぐらいなら、今はできるんですけど。」
社長は黙って聞いている。
「だから、ちょっと申し訳ないなって思ってて。」
刺身を一切れ口に運ぶ。
少し寂しそうな顔。
「そうか。」
短い返事。
博子は続ける。
「別に嫌とかじゃないんです。」
「むしろ一緒におる時間は楽しいし。」
「ただ、今ちょっと座組の調整とか設計が増えてて。」
「そこを雑にやりたくないんです。」
社長は深く息を吐く。
「…残念やな。」
その一言に、本音が滲む。
博子の胸が少し痛む。
でも嘘はつかない。
「気長に待つか。」
社長は笑う。
「博子、今ちょっと波きとるんやろ?」
「そういう時期なんやろ。」
その理解が、ありがたい。
「半日でもええわ。」
「それでも回れるなら、それでええ。」
博子はほっとする。
「ありがとうございます。」
「無理して潰れられても困るしな。」
社長は続ける。
「今の趣味が博子なんやから。」
「長く続いてくれた方がええ。」
その言葉は優しい。
でも同時に、博子は感じる。
安定は甘い。安心は楽。
でも、そこに甘えたら鈍る。
刺身をつまみながら、博子は思う。
この社長との関係は、大事。
でも、今は設計を深める時期。
東京組との団体戦。おじいちゃんの二十万。
あれを受け取った以上、中途半端はできない。
店に移動する。
社長はいつも通り二セット。
近況報告もする。
姫路の話、社員の愚痴。売上の話。
「ヒロコ、忙しそうやな。」
「ちょっとだけ。」「でも楽しいです。」
「ならええ。」
社長は笑う。
「また半日でもええから、どっか行こ。」
「そのうち一日も取れるやろ。」
博子はうなずく。
完全な休みは難しい。でも、ゼロにはしない。
関係は切らない。ただ、今は配分を変える。
店を出る頃には、社長はいつもの笑顔に戻っている。
「気長に待つわ。」
その言葉に、少し救われる。博子は思う。
守る関係。攻める設計。
両立は簡単じゃない。
でも、今はやるしかない。
刺身の味が、やけに沁みた金曜日だった。




