月曜日。水曜にお客様が来てくれるように餌をまく。金曜日税理士先生の卓の作戦会議
次の出勤は、水曜日。金曜日は、税理士先生が九時から入ることが決まっている。
それだけで、正直、心は少し軽かった。
「一日は、もう埋まってる」この感覚は大きい。
ゼロから積み上げる時期を抜けつつある証拠でもある。
だからこそ、水曜日をどう使うか。ここで雑に動くのは、もったいない。
博子――中身は博之は、頭の中で、不動産会社の社長の顔を思い浮かべていた。
水曜日は、不動産会社は休みが多い。理屈では、声をかけやすい日だ。
ただし。「水曜どうですか?」「今日来てください」
この言い方は、重い。しかも、次の日は仕事。
相手が社長であればあるほど、夜に予定を入れるのは億劫になる。
だから、正面からは行かない。月曜日の税理士先生の対応が終わったあと、
ひろこは、スマホを取り出した。
文章は、短く。重くならないように。
「お疲れさまです。今週、水曜日出勤なんですが、
もしお時間あったら、ふらっと顔出してもらえたら嬉しいです☺️」
ここで終わらせない。「その代わりと言ったら変ですけど、
火曜日の夜か、水曜日のお昼、お忙しくなければ、
軽くお茶かランチでもどうですか?」
ポイントは、**“水曜の前に一回挟む”**こと。
同伴してください、とは言わない。来てください、とも強く言わない。
「会える口実」を一つ作る。火曜日の夜。
軽く一杯。水曜日の昼。ランチ。どちらも、相手に選択肢を渡す。
逃げ道があるから、返事もしやすい。
送信ボタンを押して、博子はスマホを伏せた。
「これでええ」水曜日に来なければ、それまで。
でも、火曜か水曜昼で一度会えたら、夜のハードルは、確実に下がる。
そうやって、“布石”を打つ。それが、今の自分のやり方だった。
スマホを伏せたところで、博子は一度、気持ちを切り替えた。
本命は、水曜じゃない。金曜日だ。
フロアを見渡して、アルカちゃんとサキちゃんに声をかける。
「ちょっと、金曜の作戦共有させて」
三人で、フロアの端に寄る。声が届きにくい、いつもの位置。
「まず、金曜は一緒についてくれてありがとう」
博子がそう切り出すと、サキちゃんが軽く手を振る。
「いやいや。ああいうお客さんなら、全然」
アルカちゃんも頷く。「落ち着いてる人やしな」
博子は続ける。「もし指名返しあったら、それでええと思ってる。
売上が出た時も、取り分は半分で大丈夫やから」
サキちゃんが一瞬、目を見開いた。
「え、そこまで?」「うん。今回は“事故らせない”のが一番大事やから」
アルカちゃんが、納得したように笑う。「その気遣い、嬉しいわ。
正直、どっちでもええって思える」博子は、ここで作戦を整理する。
「金曜は、税理士先生のお客さんやから、煽りはせえへん」
「基本は、ボトルのドリンクもらって、指名いただいて、
あとは会話回す感じになると思う」
もう一本、確認を入れる。「黒霧島は、一本入ってる」
アルカちゃんが言う。「それあったら、十分やな」
「うん。それで盛り上がったら、シャンパンより延長を狙いたい」
ここが、今回の肝だ。「黒霧島がなくなったら、次は二択」
博子は、指を二本立てる。「余裕あったら、森伊蔵と延長。
ちょっと厳しそうなら、黒霧島に加えて延長」
サキちゃんがうなずく。「ブーブなら?」
「ブーブ下ろすくらいなら、黒霧島と延長一本」
「ドンペリ言われたら?」「それやったら、
森伊蔵+延長一本か、二本」金額より、継続。
「最終的には、次の同伴の約束を作るのがゴール」
「そのために、その場で終わらせへん」
アルカが、スマホを指で叩く。「連絡先は?」
「そこは、それぞれ別で持ってもらえたら助かる」
「場が終わったら、そのまま切れるのが一番もったいないから」
「軽くでええから、次につながる一言を振ってほしい」
二人とも、すぐに理解した。「その場で終わらんやつ」
サキちゃんが少し申し訳なさそうに言う。
「ただ、ごめん。私、10時から別のお客さんつくねん」
「ワンセットはいけるけど、ツータイになったら、抜ける」
博子は、即答する。「全然ええ。最初いてくれるだけで十分」
アルカちゃんが続ける。「私は大丈夫やで。金曜、今ちょうど暇やし」
「お客さんは、自分でコントロールしてるから」「楽しく回せるなら、
その方がええ」その言葉を聞いて、博子は内心、ほっとした。
これで、金曜の形は見えた。
・最初は三人・無理に煽らない・延長中心
・次の約束を作る・途中で人が抜けても回る設計
「ありがとう」博子は、素直にそう言った。
「金曜、派手な数字は出えへんかもしれんけど、
ちゃんと“続く形”にはする」
アルカちゃんが笑う。「それでええねん」
サキちゃんも頷く。「そういう卓、
意外と後から効いてくるしな」
作戦は、固まった。金曜は崩さない。
その組み立てができるようになったこと自体が、
博子にとっては、大きな前進だった。
フロアに戻りながら、博子は静かに思う。
――もう、焦ってるだけの子じゃない。
そう自覚できた夜だった。




