水曜日。おじいちゃんとの同伴。変わり種のイタリアンをチョイス。近況報告と「面で戦え!」
水曜日。今日は安心の日や、と博子は朝から思っていた。
おじいちゃんとの同伴と、そのあとお店に行く流れは、もう何度もやっている。
変な緊張もなく、変な駆け引きもなく、ただ穏やかに時間が流れる。
「今日はどこ行こか。」
いつもなら、ランチ帯の和食か、夜のおばんざい、天ぷら、魚のカマ焼きあたりを
ぐるぐる回している。でも今日は、少し変えてみようと思った。
「思い切って、イタリアンどうです?」
北新地の端、川沿いにあるこぢんまりとした店。ガラス越しに水面が見える、
落ち着いた雰囲気の店。おじいちゃんは電話口で少し笑った。
「ええやん。そういうのも悪くないな。」
予約を入れ、夕方、川沿いで待ち合わせ。
初夏の風が柔らかい。店に入り、席に着く。
「なんや、雰囲気ええやないか。」
「でしょ?」
ワインを軽く頼み、前菜が運ばれる。
「最近どうや。」
おじいちゃんがゆったりと聞く。
博子は少し息を吐く。
「土日、大きい仕事終わったんで。」
「例の東京の社長か。」
「はい。」
博子は一通り説明する。
酒を一緒に買い、古民家でコースを食べ、観光地を外し、鴨川で買った酒と手料理を広げたこと。
押し付けず、自然に気づかせるように設計したこと。
おじいちゃんは、途中からニヤニヤしている。
「それはな。」「しみるぞ。」
博子が笑う。
「やっぱり?」
「東京もんなんか、ホンマにな。」
「札束で殴ることしかやってへん奴らが遊ぶのがキャバクラや。」
「マジで、その辺はめちゃくちゃしみる。」
博子はワインを一口飲む。
「しかもな。」
おじいちゃんが指を立てる。
「それを押し付けがましくなくやったんがええ。」
「頭ごなしに“これが価値です”言うても、あいつらにはわからん。」
「特に社長になってる奴らなんか、話聞かんからな。」
二人で笑う。
博子は心の中で思う。
(さすがやな。)
自分がぼんやり感じていたことを、こんなに簡潔に言葉にしてくれる。
「おじいちゃん、さすがです。」
「何がや。」
「私の意図、ちゃんとわかってる。」
おじいちゃんは肩をすくめる。
「伊達に長生きしてへん。」
パスタが運ばれる。
湯気の向こうで、おじいちゃんが少し真顔になる。
「ただな。」「それ、身内にもやってやりな。」
博子が首を傾げる。
「身内?」「他の女の子らや。」
「東京の奴らには有効やろ。」
「でも、チーム戦でやるなら。」
「もうちょっと言語化して、共有せなあかん。」
博子はうなずく。
「そこが課題です。」
「せやろ。」
おじいちゃんは続ける。
「社長が良くてもな。」
「連れてくるお付きのやつらも、ある程度満足せな次に繋がらん。」
博子は静かに聞く。
「社長だけに最強カードぶち当ててたら、絶対疲弊する。」
「毎回フルスイングやったら、身もたん。」
「周り巻き込みながらやる。」「それが映える。」
博子はフォークを置く。
「なるほど。」「社長を立てながら、周りも満たす。」
「全体の温度を上げる。」
「そうや。」
おじいちゃんが頷く。
「博子はな。」「今は一点突破が強い。」
「でも、面で戦えたら、もう一段上や。」
博子は少し背筋を伸ばす。
「面で戦う。」「設計を共有する。」
「若い子らに押し付けるんやなくて、考え方を渡す。」
博子は小さく笑う。
「作戦会議、必要ですね。」
「やれや。」「絶対意味ある。」
ワインが少し減り、川の水面が夕暮れ色に変わる。
おじいちゃんは最後に言う。
「博子はな。」「今のままでも十分すごい。」
「でも、独りで背負い込むな。」「周り使え。」
博子はゆっくりうなずく。
「はい。」
イタリアンという変わり種も、悪くない。
和食じゃなくても、ちゃんと話は深くなる。
安心の日。でもただ安心なだけじゃない。
また一つ、視点が増えた。川沿いの灯りが揺れる中、博子は静かに思う。
(次は、面で設計やな。)
水曜日の夜は、やわらかく、更けていった。




