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28/121

4月初めの月曜日出勤。黒服が博子が税理士先生を連れてきたことに驚く

店の扉をくぐると、いつもの少し張りつめた空気が、ひろこの肩に触れた。

ロッカーに向かう前に、博子は黒服を捕まえて、小さく声をかける。

「今日、同伴で前についてくれた税理士の先生が来てくれました」

その一言で、黒服の目が、はっきりと見開かれた。

「……え、あの先生?」一瞬、言葉が詰まる。「博子、すごいやんけ」

素直な声だった。「ちゃんと積み上げてくれよ。

 ああいう人は、長くつながったらデカいで」

博子は、首を横に振る。「今回は、そんなに積み上げないです。

 最悪、ワンセットでもええかなって思ってて」

黒服が眉をひそめる。「え? それでええんか?」

「はい。一応、黒霧島一本は入れてもらってます」

その瞬間、黒服の表情が、もう一段変わった。

「……もう一本入っとるんか」博子は続ける。

「それと、金曜日に三人で来るって話になってて。

 九時から入る予定なんですけど、私と、あと二人、フリーで

 入ってもらえるようにセッティングお願いできませんか?」

黒服は、一拍置いてから、思わず声を上げた。「どういう風の吹き回しやねん」

驚きと、喜びが混じった声だった。「そんな流れ、急に来るか?」

「たまたまです」博子は、淡々と答える。「話しやすいって言ってもらえただけです」

黒服は、しばらく考えるように腕を組み、やがて頷いた。

「それやったら、ワンセットで帰るのも全然アリやな」

そして、ふっと笑う。「残りの二人、誰つける?」

「そこは、相談させてください」そのやり取りを、

少し離れたところで聞いていたサキとアルカが、

顔を見合わせてから、博子に近づいてきた。

「なあ、ヒロコ。その卓、私らつきたいんやけど」

軽い口調だが、本気なのはわかる。博子は、二人の顔を見て、内心でうなずいた。

サキちゃんもアルカちゃんも、無理にシャンパンを煽るタイプではない。

場の空気を読む。落ち着いた客にも合わせられる。

「はい、お願いしたいです。」そう言って、黒服に視線を送る。

「その二人でいけそうです」黒服は即座に決めた。

「よし。金曜はそれでいこ」その一言で、

博子の中に、ひとつ安心が落ちた。評価は、

数字だけじゃない。**“任せられるかどうか”**だ。

準備が整い、博子は着替えを終えて、税理士先生の席へ向かう。

「お待たせしました」先生は、にこやかに手を振った。

「全然。さっきまで、ぼーっと店の空気見てたわ」

ドリンクはいらない。今日は、話す日。仕事の話。

最近の業界の動き。顧問先の愚痴。博子は、聞き役に徹する。

ただし、要所で質問を挟む。「それって、

 最近の制度改正の影響もあります?」「そうそう、そこやねん」

話が、自然に深くなる。「ヒロコちゃん、ほんまに聞き方うまいな」

先生が、ふっと言う。「変に営業されへんのが、楽やわ」

その言葉を聞いて、博子は心の中で、静かにガッツポーズをした。

この人は、“煽られたくない客”だ。無理に盛り上げない。

無理に金を使わせない。でも、居心地は悪くしない。それが、今日の正解。

ワンセットは、あっという間に過ぎた。帰り際、先生が言う。

「金曜、楽しみにしてるわ。友達も、こういう雰囲気好きやと思う」

「ありがとうございます。無理せず、ゆっくりで大丈夫です」

そう答えながら、博子は、次の金曜日の光景を、

頭の中で描いていた。派手な勝負じゃない。

だが、確実に“続く流れ”ができている。

その感触を胸に、博子は、次の出勤へ向けて、静かに息を整えた。

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