まったりした時間を満喫した社長。去り際に20万博子に渡して去る。この気づきは武器や。もっと磨け
鴨川の風が少し冷たくなってきた頃、社長が立ち上がった。
「そろそろ戻るか。」
「ですね。」
二人は空になった紙コップとタッパーを片付け、タクシーを拾う。
河原町丸太町から京都駅方面へ。車内は、来たときよりもずっと静かで、
どこか満ち足りた空気が流れていた。
「ええ時間やったな。」
「ありがとうございます。」
博子は控えめに答える。社長は窓の外を見ながら、ぽつりとつぶやく。
「六本木や銀座では味わえへん。」
「どうしても、向こうはオシャレなとこに行きたがる。高い、派手、
映える。けど今日はちゃうな。」
少し間を置いて、横目で博子を見る。
「というか、博子の設計の鍵やな。」
博子は笑ってごまかす。
「たまたまです。」
京都駅に着き、改札地下のロッカーへ。社長がキャリーケースを引き出し、
戻ってきたとき、ヒロコの前に一つの封筒を差し出した。
「これは今日の分や。」
「え、でも……。」
「正味、手持ちこれぐらいしかなかった。今日はこれで勘弁してくれ。」
博子は両手で受け取り、封の厚みに戸惑う。
「これ、ちょっと大きすぎません?」
社長が笑う。
「20入っとる。」
「え……?」
「10は、さきやアルカにも言ったやろ。毎回包んだる言うてた分。もう10は、今日の“気づき”や。」
博子は首を振る。
「そんなにもらえません。」
「本来やったら、俺50ぐらい払ってもええぐらいやで。」
社長の声は真面目だった。
「東京でな、ロジカルに組んで、ガチャガチャやったら稼げんねん。
六本木でも1晩で100万200万、普通に使う日もある。けどな。」
少し間を置く。
「今日の気づきは、人からロジカルに言われてもわからん体験やった。」
博子は黙って聞く。
「しかも、満足度が高い。蒼空も、五条の店も、鴨川も、肉じゃがも。全部、文脈で刺さっとる。」
「……。」
「博子が考えて、仕込んで、選んだ苦労が見える。そこに払いたい。」
博子は封筒を見つめる。
「でも……。」
「もっと磨け。」
社長が言い切る。
「これは武器やぞ。」
少し笑って続ける。
「東京におったら、絶対くすぶる。京都で働けとは言わん。けど、
大阪起点でやるなら、京都の“気づき”の部分を磨け。」
博子は静かに頷く。
「時々、こういう気づきをもらえるって、助かるんや。」
「コンサルみたいなもんやな。」「マインドフルネスや。」
博子が少し笑う。
「でもそれは、体験せなわからん。」「だから価値がある。」
社長はキャリーケースの持ち手を握り直す。
「この魅力を欲しがるやつは、絶対おる。」
博子はふと思い出す。
「東京の別の社長三人組も、また来る言うてました。」
「やろ。」
「山崎のウイスキー工場も行かなあかんし。」「伏見もやな。」
「行かなあかんとこ、たくさんあります。」
社長が笑う。
「全部回るぞ。」「定期的に来る。」
「次はちゃんと三人見つくろっていく。」
「予算のことも、ちゃんと話そう。」
博子は封筒を大事にバッグへ入れる。
「ありがとうございます。」
改札前。人の流れが速い。
けれど、二人の間にはゆったりとした時間が残っている。
「今日な。」
社長が最後に言う。
「80点どころちゃうわ。」「ほぼ90や。」
博子は少し照れる。
「まだ伸びしろあります。」
「それがええ。」
新幹線の発車案内が響く。社長が一歩、改札へ向かう。
「またな。」
「はい。」
「磨いとけよ。」
博子は深く頭を下げる。
「次も、気づき用意しときます。」
社長は振り返り、笑った。
「期待しとる。」
改札の向こうへ消える背中。
博子は少しだけ息を吐く。
封筒の重みが、現実感を持って手に残る。20万。
けれど、それ以上に残ったのは言葉だった。
武器。磨け。気づき。
京都駅の喧騒の中で、博子は静かに思う。
金で殴らない設計。それが今日、確かに通じた。
次は、もっと深く。次は、もっと静かに。
そう心に決めて、博子はゆっくりと改札を後にした。




