京都鴨川でじっくり蒼空を楽しみながら博子の肉じゃがを食べ、東京にないものに気づく社長
ベンチに腰を下ろし、博子が紙コップに蒼空を注ぐ。
川面に反射する光が、酒の透明感と重なる。
社長が一口、ゆっくりと含む。
「……。」
少し間が空く。
「これ、めちゃめちゃうまいやんけ。」
思わず本音が漏れる。
博子は控えめに笑う。
「でしょう?」
社長はもう一口飲む。
「六本木や銀座では味わえへんな、これ。」
「どうしてもあっちは、オシャレなとこ行きたがるやろ?」
「高い、派手、映える。」
博子は頷く。
「京都は違います?」
「違うな。」
社長が川を見る。
「というか。」
少し笑って、博子を見る。
「博子の設計が鍵かもしれんけどな。」
博子は肩をすくめる。
「たまたまです。」
「ちゃう。」
社長は蒼空をもう一口。
「ちゃんと選んどる。」「さっきの店もそうやし。」
「この酒もそうやし。」「全部、線でつながっとる。」
博子はタッパーを取り出す。
「お口に合うかわかりませんけど。」
「ちょっと作りました。」「肉じゃがです。」
社長が目を丸くする。
「ほんまに持ってきたんか。」
「言うてましたやん。」
タッパーを開けると、優しい出汁の香りが広がる。
博子は小皿に取り分ける。
「どうぞ。」
社長が箸で一口。
「……。」「うま。」
素直な声。
「これ、店で出せるやろ。」
博子は笑う。
「家庭の味です。」
「それがええねん。」
社長は続けて食べる。
博子はもう一つ、小さな容器を出す。
「山ウニ豆腐です。」
「酒のあてに合うんです。」
白くて、少しとろみのある見た目。
社長が箸を入れる。
「なんやこれ。」「クリーミーやな。」「でも豆腐?」
「熊本の特産みたいです。」
社長が頷く。
「こんなもんもあるんか。」
蒼空を口に含み、山ウニ豆腐をつまむ。肉じゃがを挟む。
「満足度、めちゃめちゃ高いぞ。」
博子は静かに笑う。
「よかったです。」
社長が川を見ながら言う。
「東京では味わえへん気づきやな。」
「気づき?」
「うん。」「無駄かな、とか。」「しょぼいな、とか。」
「そう思いそうなもんを。」「どう自分が取るか。」
博子は少し驚く。
社長が続ける。
「高い店行って、派手に飲む。」
「それも楽しい。」「でもな。」
蒼空をもう一口。
「こうやって河原で飲んで。」「手作りの肉じゃが食って。」
「風感じながら話す。」「こっちの方が、記憶に残る。」
博子は静かに頷く。
「でしょう?」「京都って。」
少し言葉を選ぶ。
「1000年ぐらい、お貴族様が暇を持て余して。」
「ずっと考えてきた街なんです。」
社長が笑う。
「暇て。」
「でもほんまのことでしょう?」
博子も笑う。
「2周、3周回って。」「派手さを削って。」
「“間”を楽しむ文化。」「なんか、考えさせられることありません?」
社長は少し黙る。川の音だけが流れる。
「あるな。」「ある。」
「今までは、“金で殴る”遊び方ばっかりやった。」
「今日、殴られてへん。」
博子が小さく笑う。
「殴ってません。」
「でも、効いとる。」
社長が本音を漏らす。
「効いとるわ。」
肉じゃがをもう一口。
「これもな。」「高級料理ちゃう。」
「でも、今日の文脈やと、めちゃくちゃ価値ある。」
博子はゆっくりと言う。
「文脈を作れたら。」「物の値段は、勝手に変わります。」
社長が目を細める。
「ほんま20歳ちゃうやろ。」
博子は笑う。
「よく言われます。」
社長は蒼空を飲み干す。
「また来るわ。」
「次、何出すんや。」
博子は少し空を見上げる。
「まだいくつか引き出しあります。」
「でも。」「社長が来てくれるなら。」
「その時の気分で設計します。」
社長が頷く。
「今日ので、80点は軽く超えた。」
博子は心の中で小さくガッツポーズする。
川はゆるやかに流れる。遠くで学生が笑う。
「なあ。」
社長が言う。
「こういう時間、東京で作ろうとしても。」
「無理やな。」
博子は静かに答える。
「場所も大事です。」「でも。」
「誰と過ごすかも大事です。」
社長が少しだけ照れくさそうに笑う。
「うまいこと言うな。」
博子は肉じゃがの残りを見つめる。
今日の設計は、派手ではない。
でも確実に刺さっている。
六本木や銀座では味わえない。
金で殴らない満足。蒼空の余韻と、川の風。
社長は静かに言った。
「ええ日やな。」
博子は小さく頷いた。
「でしょう?」




