五条の古民家隠れ家レストラン。昼コースと有閑マダムのワイン飲む姿に金持ちの余裕を見る
タクシーが五条方面へと曲がる。窓の外の景色が、少しずつ観光色から
生活色へと変わっていく。博子は横目でそれを確認しながら、社長に話しかける。
「今、四条より五条の方が面白いですよ。」
「ほう。」
「不動産価格も四条河原町とか祇園に比べたら、まだ少し安い。」
「そらそうやろ。」
「だからこそ、隠れ家的な店が出てくるんです。」
社長が腕を組む。
「四条河原町とか祇園のイメージあるもんな。」
「あります。」
博子は頷く。
「でも、探せばあるんですよ。」
タクシーが細い路地に入る。
「この辺です。」
降りると、町家の並びの中に、ひっそりとした暖簾。看板も控えめ。
「……こんなんわからへんぞ。」
社長が思わず言う。
博子は笑う。
「わからへんのがいいんです。」
格子戸を開けると、古民家を改装した店内。梁がむき出し。
低い天井と、奥に見える小さな中庭。
「普通に夜コースならドリンクなしでやったら15,000円ぐらいする店です。」
「昼のプチコースで8,000円。」
社長が頷く。
「そりゃそうやろな。」
ウェイターが丁寧に案内する。
「お待ちしておりました。」
空間の温度が柔らかい。ガチャガチャしていない。
博子は事前に頼んでいた通りのコースで進めてもらう。
前菜が運ばれる。彩りが静かで、主張しすぎない。
社長が箸ではなくフォークを手に取る。
「京都っぽいな。」
「町家改装は強いです。」
博子は中庭を指さす。
「ちっちゃいですけど、あれがあるだけで全然違う。」
社長が庭を見る。苔と石と、小さな木。
「たしかに。」「京都来た感じするわ。」
パスタの説明が入る。
「本日は細麺で、二種類をハーフでそれぞれお出しします。」
「ミートソース風と、ペペロンチーノ。」
社長が笑う。
「パスタ二種類ちょこちょこ食べるの、斬新やな。」
博子は頷く。
「一皿ドンより、少しずつ。」
「会話も止まらない。」
料理が運ばれる。細い麺が軽やかに絡む。
「うまいな。」
社長が素直に言う。博子は安心する。
奥のテーブルに目をやる。
有閑マダムとダンディーなおじさま。
ワインを一本開け、静かに談笑している。
声は大きくない。笑いも控えめ。でも空気が豊かだ。
社長もそれに気づく。
「ああいうのが、ほんまの金持ちやな。」
博子は小さく頷く。
「派手にわいわいやらない。」
「自分の秘密基地みたいな店を持つ。」
社長がゆっくり言う。
「高いど真ん中で目立つより。」
「外したところで、静かに使う。」
博子はフォークを置く。
「多分そうです。」「ど真ん中を外して、“俺だけが知ってる場所”を探す。」
社長が笑う。
「それ、ええな。」
博子は続ける。
「だから満員にならないんです。」
「え?」
「知ってる人だけ来る。」
「大阪は、まだ美味しい、居心地いい店はすぐ満員になります。」
社長が納得する。
「大阪はノリやな。」「京都は、選別。」
博子は少しだけ真面目な顔で言う。
「今日の設計も、そこです。」
「ど真ん中じゃない。」「でも、質は落とさない。」
社長がパスタを巻きながら言う。
「さっきの蒼空も、ここも。」
「全部“尖りすぎず、外しすぎず”やな。」
博子は笑う。
「80点の積み上げです。」
社長が頷く。
「でもな。」
「はい。」
「こういう店、知ってるってだけで一目置くわ。」
博子はさらっと言う。
「不動産もまだ上がりきってないですし。」
「投資対象としても五条は面白いですよ。」
社長が吹き出す。
「飯食いながら投資の話すな。」
「職業病です。」
肉料理が出る。魚もハーフ。
皿のサイズが絶妙。
「量もええな。」「昼やから重くない。」
博子は中庭にもう一度目をやる。
光が差し込む。風が少し揺れる。
「ここ、夜来たらもっと高いです。」
「そらな。」
「でも昼の方が“余白”あります。」
社長が小さく笑う。
「今日、余白何回言うねん。」
「大事なんです。」
社長はワインを頼もうとする。
博子が軽く止める。
「さっき日本酒買いました。」
「せやな。」
「ここでは軽く。」
社長が納得する。
「設計通りやな。」
博子は内心で少しだけほっとする。
蒼空。五条の古民家。二種類のパスタ。中庭。奥のマダム。
全部が線でつながっている。
社長がぽつりと言う。
「秘密基地探し、ええな。」
博子は笑う。
「次は伏見ですか?」
社長が目を細める。
「蒼空次第やな。」
博子はフォークを置く。
今日の昼は、まだ途中。でも確実に、80点は超え始めていた。




