荒い社長との語らい。夜呑みに来る羽振りのいいオッサンの思考と嗜好。育てるとタネ探し
荒い社長はグラスを空けると、少しだけ目を細めた。
「まあな。」
博子は静かに次の酒を注ぐ。
「今は博子の成長見れるからええねん。」
「ありがとうございます。」
「でもな。」
声が少し低くなる。
「俺らが北新地来るのも、種探しの一つや。」
博子は一瞬、手を止める。
「種探し。」
「せや。」
荒い社長は続ける。
「博子の可愛さも多少あるし、発想も頭一つ抜けとるかもしれん。」
博子は照れ笑いを浮かべる。
「でもな。」
「はい。」
「他にもおる。」
博子の目を真っ直ぐ見る。
「会計士目指してるやつ、弁護士勉強してるやつ。」
「……。」
「目ぇかけたいなって思うやつは、いくらでもおる。」
博子は静かにうなずく。
「だからな。」
「はい。」
「博子も日々成長しとらんと、俺だって去って行くかもしれん。」
その言葉は、冗談半分でもあり、真実でもあった。
博子は苦笑する。
「怖いこと言いますね。」
「金あるおじさんはな。」
荒い社長は肩をすくめる。
「育てるの好きや。」
「うん。」
「でも興味なくなったら、一瞬で引く。」
博子は息を吸う。
「……。」
「特に東京もん。」
「はい。」
「縁が薄いやつほど、ベットはデカい。」
「ベット。」
「ガッと張る。でもな。」
荒い社長は指を立てる。
「引くときもガッと引く。」
博子は思い浮かべる。
最強カード。傲慢。東京の社長。
「最強カードとか言うてくるやつはな。」
「はい。」
「ハマればえぐい。」
「……。」
「でも飽きたら一瞬や。」
博子は黙る。荒い社長は続ける。
「シビアやで。」
「わかってます。」
「わかってない。」
博子は苦笑する。
「どっちですか。」
「頭ではわかってる。でも体ではまだ知らん。」
その言葉が刺さる。
「だから気ぃつけろ。」
「はい。」
しばらく沈黙が流れる。
荒い社長は立ち上がる。
「まあな。」
「はい。」
「それでも来るんは、博子がおもろいからや。」
博子は小さく頭を下げる。
「ありがとうございます。」
「明日、決戦やろ?」
「はい。」
「楽しんでこい。」
荒い社長はそう言って店を出た。
ネオンの外で、タクシーに乗り込む背中を見送りながら、ヒロコは静かに息を吐く。
——種探し。
——ベット。
——一瞬で引く。
怖い。でも、正直だ。博子は思う。
(新井社長、前よりだいぶ丸くなったな。)
初対面はただの傲慢だった。
今は、ちゃんと市場を見ている。育てる目線もある。引く目線もある。
博子はそのアドバイスを、ありがたく受け取った。
フリー卓に戻りながら、明日のことを考える。
土曜日の夜。東京のイキり社長。最強カード。決戦。胸が少しざわつく。
でも逃げない。博子は鏡の前に立つ。口角を上げる。
深呼吸。横軸でもない。縦軸でもない。明日は、目の前の一人と向き合う日。
ベットされる側。でも同時に、選ぶ側でもある。
博子は自分に言い聞かせる。「私は商品やない。」
「私は設計者や。」明日の同伴で、自分を磨く。
ふぐのコース。店での会話。引き出し。余白。
無理に勝たなくていい。でも逃げない。
博子はゆっくり目を閉じる。心を整える。
北新地のネオンは、戦場でもあり、舞台でもある。
明日は舞台に立つ。磨いた分だけ、光る。
削れた分だけ、強くなる。博子は静かにグラスを置いた。
決戦は、明日だ。




