おじいちゃんと淀屋橋ランチ。近況報告と東京イキリ社長の無茶ぶり。乗り越えたらハマるぞそいつ。
水曜日。博子は淀屋橋へ向かった。
以前、おじいちゃんに大阪ガス食堂へ連れてきてもらったおかげで、
このあたりの空気には少し慣れた。けれど、それでもやっぱりオフィス街の昼は
どこか場違いに感じる。
スーツ姿の人たちが足早に行き交い、改札付近では弁当袋を抱えたビジネスマンが
エレベーターに吸い込まれていく。
「ここ、やっぱり仕事の街やな。」
博子は少し背筋を伸ばしながら、住友ビルに入っているリーガロイヤルの直営店へ向かう。
ガラス張りの店内は、落ち着いた色味。窓際の席に通されると、淀屋橋のビル群が
きれいに見渡せる。ほどなくして、おじいちゃんがやって来た。
「おう。」
「こんにちは。」
席に着き、ランチを注文する。
料理が出てくるまでの間、おじいちゃんがぽつりと話し始める。
「ここもな、昔は1300円くらいでランチ食えたんや。」
「そうなんですか?」
「コロナやら何やらでな、今は2000円くらいになっとる。」
博子は頷く。
「でも、ゆっくり食えるっていうのはええ。」
おじいちゃんは窓の外を見ながら続ける。
「淀屋橋の駅周辺なんてな、飯をかき込むだけの店ばっかりや。落ち着きないくせに
1000円超えてくる。あんまり好きやない。」
博子は笑う。
「確かに、昼休みの戦場みたいですもんね。」
「そうや。」
料理が運ばれてくる。
窓際の席は、時間が少しだけゆっくり流れている。
博子は思い出したように言う。
「でも、大阪北新地とか最近、コロナの影響でランチやってるとこ増えてますよ。
まかない用みたいなメニュー出してたり。」
おじいちゃんはすぐに首を振る。
「遠いねん。」
「遠い?」
「淀屋橋の人間が飯食いに行くには遠い。昼休みは時間が勝負や。」
博子は納得する。
「なるほど。」
「だからそれはまた違うわな。」
少し間を置いて、おじいちゃんは博子を見る。
「でもな。」
「はい。」
「昼同伴みたいな感じで考えるんやったら、そこら辺開拓するのもええやろ。」
博子は顔を上げる。
「味を確かめて、夜に使う店としてどうか見る。そういう視点もあるやろ。」
「確かに。」
「そうしたらええ。」
博子は軽く笑う。
「昼に食べて、夜の武器にするってことですね。」
「そうや。」
食事が進む中、おじいちゃんがふと真顔になる。
「昼に来れるってことはな。」
「はい?」
「何かしら余裕があるっちゅうことや。」
博子は少し戸惑う。
「予定はパンパンやろうけどな。」
「はい。」
「でも気持ちに余裕あるわ。なんか近況あったら話してみ。」
博子は一瞬考えてから、話し始める。
「最近、同伴指名はめっちゃもらってます。」
「ほう。」
「特にちょっと頭悩ませたのが、東京のイキリ社長さん。」
おじいちゃんがにやりとする。
「メールで近況聞いたときに聞いた最強のカード出せって言ってきたやつか。」
「はい。」
博子は一連の流れを説明する。
土日座組を組めと言われたこと。
焼き肉と寿司は禁止。
“博子の最強カード”を見せろ。
「困りましたけど、大方構成は決まりました。」
「どんなんや。」
博子は少し声を落とす。
「日曜日は大阪は使わず、京都に振ります。」
「ほう。」
「六条の酒問屋で酒を見て、五条の町屋風ランチ。で、出町柳の手前、京都御所の河原で
鴨川見ながら、そこで買った酒を開ける。」
おじいちゃんは黙って聞く。
「で、私が肉じゃがと、ちょっとした酒のつき合わせを用意して、河原見ながらのんびり飲む。」
一瞬の沈黙のあと、おじいちゃんが吹き出す。
「恐ろしいほどええやん。わしにもやってくれ。」
博子は笑う。
「おじいちゃんは別企画で。」
「冗談や冗談。」
しかしすぐに表情が引き締まる。
「でもな。」
「はい。」
「東京の社長が、20歳の女の子に最強のカード出せって言うのは傲慢や。」
博子は静かに頷く。
「あー確かに言われればそう思います。」
「座組組ませるなんて、無茶ぶりもええところや。」
「ですよね。」
「でもな。」
おじいちゃんはゆっくり続ける。
「それだけ期待しとるっちゅうことや。」
博子は箸を止める。
「重たいぞ。」
「はい。」
「やけど、そこ乗り越えたらな。」
少し声が低くなる。
「博子が一皮剥けるかどうかは知らんが、そいつはガッツリ使うぞ。」
「使う?」
「東京で遊び方に飽きとる。寿司も焼き肉も禁止や。」
おじいちゃんは続ける。
「設計にハマる。博子の座組にな。」
博子は窓の外を見る。
淀屋橋のビル群。静かなランチタイム。
「でも重たいですよ。」
「重たい課題ほど、景色変わる。」
おじいちゃんは箸を置く。
「クリアしたら、また違う話持ってくるわ。金やない、話や。」
博子はゆっくり息を吐く。
「怖いですけど、やるしかないですね。」
「せや。」
ランチは終盤。
淀屋橋の窓際で、ヒロコは少しだけ背筋が伸びる。
最強カード。傲慢な要求。でも、期待。
「重たいけど、面白いですね。」
おじいちゃんは笑う。
「そう思えるうちは、まだ伸びる。」
水曜日のランチは、静かに終わった。




