弁護士先生にいっぱい話聞いてもらったので博子からデートの提案。京都の町家で隠れて旅行はいかが?
二時間のセットが終わり、店内のざわめきが少し落ち着いた頃。
弁護士先生はジャケットを整え、静かに立ち上がった。
博子はいつものように笑顔で送り出そうとしたが、今日は少しだけ胸の奥が違った。
エントランス前まで歩きながら、博子は口を開く。
「先生、今日はたくさん話聞いていただいて、ありがとうございます。」
先生は柔らかく笑う。
「いえいえ。」
博子は少し言葉を探す。
「なんか、私のほうが時間頂戴したみたいになってしまって。
もちろん嬉しいんですけど、ちょっと心苦しいというか。」
「後味が悪いわけではないけど、というやつですね。」
「そう、それです。」
先生は軽く頷く。
「今日は逆の回でしたね。」
博子は深呼吸をひとつ。
「なので、良かったら今度どっか行きませんか。」
先生が少し目を上げる。
「お手当てもなしでいいです。」
「ほう。」
「できれば、先生と私の“引き出し”を増やしたいんです。」
少し間を置いてから、博子は付け加える。
「エロいのはなしですよ。」
先生は思わず笑う。
「ええ、まあまあ。そんなこと考えてないですけど。」
「ほんまですか?」
「ええ。」
二人で小さく笑う。
先生がぽつりと。
「山崎のウイスキー工場、行きますか?」
博子はすぐに首を振る。
「それは今度行きましょう。先生の山崎、まだ多分セット残ってるでしょう?」
「残ってますね。」
「それが終わった時に、改めて買い出しに行きましょうよ。話するのも兼ねて。」
先生は面白そうに聞いている。
「それ以外で、先生がしたいことあれば言うてください。そのために時間割きます。」
先生は少し考える。
「陶芸とか、香水作りとか、そういうのを想像してました?」
「はい。でも、ちょっと違うのもありかなと思って。」
博子の目が少し輝く。
「京都で街歩きランチ、いかがですか。」
「京都。」
「隠れたところを一緒に散策して、町家風のところでしっぽりランチ。
観光地ど真ん中じゃなくて、ちょっと外れたところ。」
先生は腕を組む。
「隠れ旅行風、ですか。」
「そう。観光っていうより、小さな発見を積み重ねる感じ。
京都って、奥深いじゃないですか。」
ヒロコは続ける。
「大阪は正直、今ネタが出尽くし感あるんです。工場見学とか大阪城回りとかあるけど、
観光地としての奥行きは京都のほうが掘りがいがある。」
先生は頷く。
「確かに。」
「町家風のところで隠れランチ。もしくは、夕方から静かなところで軽く飲むとか。」
「隠れ旅行風のランチ、なかなかいいですね。」
先生の声が少し弾む。
「ハイクラスの人ほど、“わかりにくい価値”を好みます。あからさまな高級よりも、隠れた良さ。」
博子は嬉しそうに笑う。
「やっぱり?」
「ええ。それは的を射てます。」
先生は続ける。
「会合をするにしても、隠れ家的な場所は重宝します。表に出ない価値。」
博子は軽く拳を握る。
「じゃあ、それ行きましょう。」
「行きましょう。」
「私、ちょっと探しときます。町家の雰囲気が良くて、ランチもちゃんとしてて、
でも騒がしくないところ。」
「楽しみですね。」
エントランスの扉が開く。
博子は最後にもう一度言う。
「今日は、ほんまにありがとうございました。」
先生は柔らかく返す。
「今日の博子さんも、悪くなかったですよ。」
「悩んでる姿も?」
「ええ。むしろ安心しました。」
博子は少し照れる。
「じゃあ、京都の隠れ旅行、設計しときますね。」
「期待してます。」
扉が閉まり、先生が見えなくなる。
博子はしばらくその場に立ち、深く息を吐いた。
お手当てもなし。
仕事でもない。
でも価値がある時間。
それは、次の引き出しになる。
博子はスマホを取り出し、メモに打ち込む。
「京都 町家 隠れランチ
静かな個室昼飲み可駅から徒歩圏内」
まだ答えはない。でも、掘りがいはある。
そして今日の夜は、少しだけ未来が前向きに見えた。
ヒロコは静かに店へ戻っていった。




