店内での2セット目の会話。弁護士先生と博子の設計について語る
店内での二セット目。
博子はグラスをくるくる回していた。
「先生は、私のどこがいいかって言ったら、多分“引き出し”の部分やと思ってるんです。」
先生は静かに頷く。
「そうですね。」
「でも、その引き出しって、蛇口みたいなもんじゃないですか。ひねったら出るけど、
足していかんと、どんどん薄まる。」
先生は笑うでもなく、否定もせず、聞いている。
「だから、出勤日数減らして、見識広げるとかせなあかんなと思うんです。
でも、先生含めて、ハイクラスの人って、結局何を求めてるんですかね。」
博子は続ける。
「東京から来る人には、大阪満喫してもらう、京都満喫してもらう。
お金にならんところを楽しんでもらう。それをプロジェクト単位で動かす。趣向違うから。」
先生はグラスを置く。
「ええ。」
「でも、ネタが枯渇し始めてる気がするんです。陶芸作ったり、香水作ったり、
体験系って結局“私との思い出”になるだけで、場所自体の引き出しの魅力が減っていく気がして。」
少しだけ自嘲気味に笑う。
「それやったら、資格取って、保険代理店とか不動産とか、外国人向けアテンドとか、
どこかに落ち着くのかなって。でも、それじゃひねり足らんやろって、自分でも思ってるんです。」
先生は小さく息を吐いた。
「そんなことが分かってたら僕が仕事してます。」
博子は一瞬ぽかんとしてから、吹き出す。
「ずるい答え。」
「正直な答えです。」
先生はグラスを傾ける。
「そこに明確な解があるなら、職業として成立しているはずです。でも、ない。」
「ない?」
「俗人的なんです。博子さんだから成立している。」
博子は黙る。
「同じことを他の人がやっても、多分違う。」
「でも、それって不安定じゃないですか。」
「ええ。不安定です。」
先生はさらりと言う。
「だからこそ価値がある。」
ヒロコは少し考える。
「自分の持ってる手札で、掛け合わせるしかないってことですか。」
「そう。ただし、仕事になりすぎないように。」
「そこが矛盾なんですよ。」
「面白さを保ったまま、収益を出す。難しいに決まってる。」
二人の間に静かな時間が流れる。
今日は弁護士先生が話すより、博子が話している。
「今は、流れがうまく回り始めてる。でも、その分、新しい不安が出てきてるんです。」
「どんな不安ですか。」
「このままでええんかなって。何年かはこの流れでいいと思ってる。
でも、種まきしとかんと、あとで詰む気がする。」
先生は静かに頷く。
「それは健全な不安です。」
「健全ですか。」
「ええ。慢心してない証拠です。」
博子は苦笑する。
「慢心してたら楽なんですけどね。」
「それはそれで危ない。」
グラスが空になる。
先生は少し柔らかく言う。
「今日は、いつもと逆ですね。」
「逆?」
「博子さんが提供する側じゃなく、悩んでいる側。」
博子は少し照れくさい。
「たまにはいいですか。」
「悪くないですよ。」
先生は微笑む。
「いつも設計してくれている人が、こんな風に悩んでいるのを見るのは、むしろ安心します。」
「安心?」
「ちゃんと考えてるんだな、と。」
博子はふと天井を見上げる。
「この世界、若さだけでいけるとは思ってないです。」
「でしょうね。」
「今ちょうどうまく回り始めたから、不安の根っこが出てきただけで。」
先生は頷く。
「今はこの流れでいい。ただ、観察し続けることです。」
「観察。」
「何が刺さって、何が刺さらないか。どんな会話が響くか。どんな沈黙が心地いいか。」
ヒロコは少し笑う。
「先生、それ仕事みたいですよ。」
「法律も観察の仕事です。」
二セット目も終盤。今日は派手さはない。
でも、静かな手応えがある。博子は思う。
ネタが枯渇するのではない。自分が止まるのが怖いだけ。
種まきはする。でも焦らない。
「今日は聞いてもらってばっかりでしたね。」
「たまにはいいでしょう。」
先生は穏やかに言う。
「悩んでる博子さんも、悪くない。」
博子は笑う。外に出ると、北新地の夜はまだ賑やかだ。
引き出しは、足していけばいい。蛇口は、閉めなければいい。
まだ答えはない。でも今日の二時間は、確実に種になった気がした。




