北新地の店前まで歩きながらの語り。博子の悩みに真面目に答える弁護士先生
北新地の天ぷら屋を出たあと、夜風が少しだけ涼しかった。
揚げ油の香りがまだ服に残っている。
博子は歩きながら、ふと横を見た。
「先生は、俺の嫁になって、言うたら弁護士の秘書やってくれたらいいやん、
とは言わないんですね?」
少し意地悪っぽく、口元だけ笑って言う。
先生は一瞬だけ目を細めた。
「ああ……今日はちょっと、博子さん考えてらっしゃったでしょう?」
「え?」
「だから、あんまりちょけるのもなあと思って。ふざけるより、真面目に答えました。」
博子は少しだけ驚く。
「そんな顔してました?」
「してましたよ。この前、山崎の話をしてるときより、明らかに。」
博子は苦笑する。確かに、今日はどこか頭の中が忙しかった。
若さ。借金。設計。将来。
先生は歩きながら続ける。
「ただね、博子さんがおっしゃる通り、今の立ち位置は“半分キャバ嬢”という
建前で成り立っている。」
「はい。」
「だからプロデュースの部分は、まだ表に出し切れていない。磨く余地はあります。」
博子は頷く。
「でも、遊びの部分がなくなったら、多分面白くないですよね。」
「その通りです。」
先生は即答する。
「業務になった瞬間、魅力は半減するでしょう。」
信号で立ち止まる。
ネオンが濡れた路面に反射している。
先生はゆっくり続ける。
「座組の話もですよね。一見すると“単純に可愛い女の子を用意して接待する”という形に
見える。でも本質はそこじゃない。」
博子は横目で見る。
「本質って何ですか?」
「会話・空間の質の担保です。」
その言葉は、少しだけ重みがあった。
「風俗嬢ではないんです。ルックスは多少必要でしょうが、それよりも——」
先生は指を折る。
「空気を読む。相手の悩みを聞く。カウンセリング的な素養がある。
痒いところに手が届く。」
博子は黙る。
「そういう層を、自然に自分の周りに置くことが大事なんじゃないですか。」
夜の北新地はざわざわしているのに、その言葉だけが妙に静かに響く。
「自然に、ですか。」
「無理やり集めると崩れます。選別して育てる。」
博子はふっと笑う。
「先生、めちゃくちゃ考えてるじゃないですか。」
「独立も考えている弁護士ですから。」
さらっと返す。
「でも僕としては——」
先生は少し声を落とす。
「博子さんがいい秘書になって、家庭を持つのも、全然やぶさかじゃないですよ。」
博子は立ち止まる。
「いやいやいや。20歳の女の子にまだ早いですって。」
「20歳ですか。」
先生は穏やかに笑う。
「博子さんはもう少し大人びて見えますけどね。」
「それは仕事柄です。」
「でしょうね。」
二人はまた歩き出す。
ヒロコは内心で思う。秘書。家庭。安定。
確かに、悪い話じゃない。
借金も消えるかもしれない。
生活も安定するかもしれない。
でも——
「先生、私、まだ遊びたいです。」
ぽつりと出る。
先生はうなずく。
「でしょうね。」
「設計するのも、試すのも、まだ面白いんです。」
「なら、今はそれでいい。」
店が近づく。
博子歩きながら考える。
可愛い子を揃えるだけじゃ足りない。
空気を読む子。聞ける子。焦らない子。
自然に自分の周りに置く。育てる。
それができれば、若さに依存しなくても回る。
先生がぽつりと言う。
「博子さんはね、選ぶ側になれる人です。」
「選ぶ側?」
「寄ってくる人の中から、誰と組むかを選べる。」
博子さんは少しだけ胸が軽くなる。
「じゃあ、まだ先生の嫁は保留で。」
「保留ですか。」
「先生、順番待ちです。」
二人で笑う。
北新地の店の前に着く。
ネオンが灯っている。
博子は一歩踏み出す前に、少しだけ空を見た。
若さは武器。でもそれだけじゃない。
設計。質の担保。選ぶ側になる。
まだ答えは出ていない。
でも、今日の天ぷらと先生の言葉は、確実に博子の中に残った。
「じゃあ、行きますか。」
「ええ。今夜も、楽しみましょう。」
二人は店の扉を開けた。




