清掃会社社長と店での2セット。合間に土曜日忙しいから遠慮してと話したら3枠同伴埋まる
店に入ると、いつもの黒服がすっと近づいてきた。
「本日もありがとうございます」
その一言が、妙に落ち着く。
常連客からも「ここは黒服さんが丁寧やから気持ちええ」と言われているらしい。
博子は軽くうなずき、ロッカールームへ向かう。着替える前に、スマホを取り出した。
土曜日は大きい案件。東京三人組と東京イキリ社長の組。接客はどうしても偏る。
だから先に打っておく。
――明日、大きい団体様が入る予定で、接客が難しくなるかもしれません。その点ご了承ください。
――最近同伴枠が埋まりやすくなっております。皆さんとゆっくりお話ししたいので、予定を事前に送っていただければこちらで調整します。
数人に送る。
少し前のヒロコなら、こんな文面は送れなかった。
「枠が埋まってます」なんて、自分で言う日が来るとは思っていなかった。
すぐに返信が来る。
会計士の先生。
「金曜の晩、少しだけ顔出します」
短いけど誠実な文面。ありがたい。
次に荒い社長。
「予約いっぱいで無理って言われるキャバクラ初めてや。俺の同伴一つくれ」
思わず吹き出す。
さらに1日整理の社長も同様の反応。
「それなら早めに押さえとくわ」
気づけば、同伴が二つ決まる。
東京イキリ社長からも「金か土、仕事で行くし頼むわ。
山崎のウイスキー工場も案内してくれや」
3枠!!
三月までのヒロコでは考えられなかった動きや。
時給関係が逆転したからやろか、と苦笑いする。
呼ばれる側から、選ぶ側へ。いや、正確には、整える側へ。
着替えを済ませ、タクに向かう。
清掃会社の社長が待っている。
「さっきの続きやな」
席につくと、社長が言う。
博子は姫路旅行の話を淡々と続ける。
城、商店街、ランチ半日コース。
無理のない行程。
「前なら“いつでも行けるわ”って言ってたよな」
社長が笑う。
「今は言われへん」
「そこがええねん」
博子は首をかしげる。
「何がです?」
「忙しい中で時間作ってくれるってのが価値や」
グラスを持ち上げながら社長は続ける。
「ヒロコがヒロコであることは変わらん。でも、人気嬢の博子と行けるって感覚がある」
“人気嬢”。
妙な言い回しやけど、悪い気はせえへん。
「もちろん他の客の動向も気になるで?」
社長は正直や。
「東京組もおるし、東京イキリ社長もおるし」
「隠してませんよ」
「そこや。隠さんからええ」
博子は静かにうなずく。
「でもな」
社長が身を乗り出す。
「結局なんやかんや、隙間時間を作ってくれる博子がええんや」
その言葉に、少しだけ胸が熱くなる。
忙しいから価値が出る。
でも、忙しいだけやと疲れる。
だから、隙間を作る。
「練ってくれてるのも嬉しいわ」
「設計言うたらまた怒ります?」
「言わへん」
二人で笑う。
一セット目が終わる頃、空気は柔らかい。
二セット目。旅行の話が具体的になる。
「姫路の後、岡山もありやな」
「その場合、お手当て別です」
「抜かりないな」
「継続が大事なんで」
社長はしみじみ言う。
「最近、博子は追われてへん。回してる」
その言葉、今日二回目や。
回している。整えている。
「ナンバー狙ってるわけやないんやろ?」
「恐ろしいです」
「でもな、売り上げと裏のお手当て合わせたら、ええ線いってるぞ」
博子は笑う。
「数字は数字です」
「腰が座ってきた」
そう言われると、悪くない。
三月までの自分。焦り、依存、切羽詰まり。
今は違う。団体も回す。個別も回す。旅行も設計する。
でも、枕はしない。体は売らない。
時間と会話と体験。それだけで価値を作る。
「土曜は忙しいんやろ?」
「はい。大きい案件です」
「無理すんなよ」
「無理はしません。整えます」
社長は満足そうにうなずく。
「やっぱり博子やな」
二セットが終わる頃には、静かな充実感があった。
売り上げ以上の何か。忙しさの中でも、選ばれている感覚。
そして、自分で整えている感覚。店の喧騒の中で、博子は思う。
逆転したのは時給だけやない。主導権や。
でも、それを誇らないこと。油断せず、丁寧に。
そうやって今日も、静かに回していく。




