清掃会社社長との焼肉同伴。再来週火曜日に小旅行店外。
金曜日。清掃会社の社長との同伴は、北新地の少し外れにある焼き肉屋。
博子にしては珍しいチョイスやった。
暖簾をくぐると、煙の匂いと肉の甘い脂の香りがふわっと広がる。
高級店というよりは、落ち着いた町の焼き肉屋。テーブル席に案内され、向かい合って座る。
「ほんまに焼き肉なんやな」
社長がメニューを見ながら笑う。
「珍しいやろ?」
「和食の設計ちゃうんか今日は」
「“設計”って言うのやめてください」
博子も笑いながらタン塩を頼む。ビールが運ばれてきて、軽く乾杯。
ジュッとタンを焼く音が心地いい。
「最近ちょっと和食に偏りすぎてて」
博子が箸で肉をひっくり返しながら言う。
「ナスの煮びたしとか、芋の煮っころがしとか、だし巻きとか。テーマ考えすぎて、
逆に動きづらくなってきました」
「客増えたからやろ」
「ありがたい話ですけど、被らんようにするのが難しいんですよ」
焼きあがったタンを社長の皿に一枚置く。
「今日は考えすぎない日にしようかなって」
「余裕やな」
「余裕ちゃいます。怖いんです」
「何が」
「継続です」
博子は真面目な顔で言う。
「今は順調でも、これが当たり前やと思った瞬間に崩れる気がして」
社長はハラミを網に乗せながらうなずく。
「その感覚あるうちは大丈夫や」
肉の脂が炎を上げる。店員がさっと火を落とす。
「どっか旅行行きたいな」
社長がぽつりと言う。
「今週は無理です」
博子は即答。
「東京の三人組来ますし、別々同伴・別々デートで回す予定なんで」
「例のやつか。反省会まで組んでるんやろ?」
「はい。最後は新大阪で新幹線の中で反省会してくださいねって」
社長が笑う。
「ほんまおもろいこと考えるな」
「設計ですから」
「東京イキリ社長の方は?」
「めちゃくちゃノリ気でした。山崎のウイスキー工場行きたいって」
「そら行きたいやろな」
博子はロースを焼きながら続ける。
「東京組にはそれぞれ帰りに山崎と白州の小瓶を渡して、新幹線でハイボール作って
飲んでくださいってやるつもりです」
「さすがやな。それやられたら次も来るわ」
「それが狙いです」
「設計やな」
「はい、設計です」
二人で笑う。
焼き肉を挟みながら、仕事の話にもなる。清掃業界の人手不足、単価交渉、社員の教育。
「家で仕事の話してもな、奥さんはようわからん」
社長がビールを飲み干す。
「キャバ嬢でも、ここまで話聞ける子おらんで」
「解決はできませんよ」
「聞いてくれるだけでええねん」
博子は少しだけ目を伏せる。
天外しすぎかな、と思う瞬間はある。
北浜、有馬、山崎。
いろんな人と会って、いろんな話をしている。
でも。
枕もしていない。体は売っていない。
体験と会話と時間。それで喜んでくれるなら、それでええんちゃうか。
「来週の火曜は?」
「来週は無理です。東京組の余波で」
「ほなその次やな」
「姫路か岡山なら行けます。半日旅行で」
「お手当て別やな?」
「もちろんです」
社長は豪快に笑う。
「最近、前より楽しそうやで」
「そう見えます?」
「切羽詰まった顔してへん」
博子は少し考える。
「体は疲れてます。でも気持ちは前より楽かもしれません」
「追われてるより、回してる顔しとる」
“回している”。その言葉が妙にしっくりくる。
網の上のカルビをひっくり返しながら、博子は思う。
数字は順調。でも怖いのは継続。油断せず、奢らず、丁寧に。
「焼き肉久々やけど、悪くないな」
社長が満足そうに言う。
「テーマない日も大事です」
「それも設計やろ」
「そんなん言わんといてください」
二人でまた笑う。
大きな勝負は土日。
今日は足場を固める日。
煙に包まれながら、博子は肉を焼き続ける。
設計も大事。
でも、こうやって何気なく肉を焼きながら話す時間が、案外いちばん
長く続くのかもしれない。
そんなことを思いながら、焼き肉の夜はゆっくり進んでいった。




