シフトのない日に市役所、緊急小口資金、税務署開業届。打てる手を打つ。
博之は、次のシフトが出るまでの空白を、
ただ待つ時間にはしないと決めていた。
どうせ不安になるなら、動きながら不安になった方がいい。
何もしないで考え込むのが、いちばん精神を削ると、
もう身をもって知っていた。まず向かったのは、市役所だった。
目的は二つ。国民健康保険料の減免。
そして、緊急小口資金の申請。
正直、プライドがないわけじゃない。
四十を越えて、(っといっても外見は二十歳だが・・・)
市役所で「生活が厳しいです」と説明するのは、
胸の奥が少しだけ、きしっと音を立てる。
でも、現実は現実や。
今の収入。家賃。借金三百万円。
数字を並べた瞬間に、
「これは制度を使わなあかん局面や」と腹を括った。
窓口で事情を説明すると、担当の職員は淡々と、しかし丁寧に話を聞いてくれた。
収入状況。勤務日数。今後の見込み。
「この状況でしたら、国民健康保険料の減免は、
おそらく対象になると思います」
その一言で、肩に乗っていた重りが、少しだけ軽くなる。
月々1~2万円とはいえ、固定費が下がる意味は大きい。
いや、多分未納でいるか、そもそも知らなかったな博子はwww
次に、緊急小口資金の話。
「十万円から二十万円ほどでしたら、
審査が通る可能性はあります」借金を重ねることへの怖さはある。
でもこれは、返済条件が緩く、“時間を買うための金”や。
今すぐ生活が詰むのを防ぐための、一時的な延命措置。
博之は、「お願いします」と頭を下げた。
市役所を出た時、空はやけに明るく見えた。
次に向かったのは、税務署だった。キャバ嬢という仕事は、
どうしても「その場限り」の印象を持たれやすい。
収入があっても、帳簿がなければ、信用にならない。
だから、裕之は決めていた。
開業届を出す。フリーランスとして、ちゃんと“事業”として扱う。
将来、家を借りる時。何かを申し込む時。「水商売です」だけでは、
門前払いされる場面が多い。でも、開業届があって、
帳簿があって、確定申告をしていれば、話は少し変わる。
「この人は、収入を管理している人間や」
その評価を得るための、第一歩や。
税務署で開業届を提出しながら、裕之は思っていた。
これは節税のためだけじゃない。信用を作るための作業や、と。
最近は、青色申告用の弥生会計が一年無料で使える。それなら、
今年いっぱいは、売り上げと経費を、一つひとつ、ちゃんと記録していけばいい。
ドレス代。ヘアメイク代。タクシー代。仕事用の靴。連絡用のスマホ代。
今まで「仕方ない出費」として流してきたものを、全部、数字にする。
年末に、確定申告でまとめて落とす。派手な節税じゃない。
でも、“ちゃんとやっている”という事実は、
確実に残る。市役所。税務署。一日で回った場所は、
地味で、華やかさとは無縁やった。でも、
今の博之にとっては、キャバクラのフロアよりも、
ずっと重要な場所だった。その日の帰り道、
ふと思う。「これ、博子のままやったら、
絶対にやってへんな」借金から目を逸らして。
制度を知らないまま。不安を酒で流して。
そういう未来も、確かにあった。
でも今は違う。借金はある。収入は少ない。
先は不安だらけ。それでも、打てる手は、まだ残っている。
制度を使う。信用を積む。帳簿をつける。
地味やけど、確実に「詰み」からは遠ざかっている。
「なんとかなる、じゃなくて、なんとかする」
そう自分に言い聞かせながら、博之はスマホを開き、
次の出勤日を確認した。派手な逆転は、まだ先や。
でも、生き延びる準備は、確実に始まっていた。




