弁護士先生が2万入り封筒を博子に渡すも真面目過ぎると1万抜いて残金で同伴の足しにしてと返す
北浜のバラ園を出て、川沿いをゆっくり歩く。
夕方の風が少し涼しくなってきて、ハイボールの余韻がちょうどいい具合に体に残っている。
駅へ向かう途中、弁護士先生がふと足を止めた。
「博子さん」
小さな封筒を差し出す。
「今日のお手当です」
博子は一瞬だけ封筒を見て、それから首を振る。
「いや、いいです」
「いやいや、さすがにそれは」
「今日は外でハイボール飲んだだけですよ?」
「それでもです」
先生は少し強引に封筒を渡してくる。
ヒロコはため息をつくふりをして、封筒を受け取る。
中をちらっと確認する。
二万円。
「先生、ほんま真面目ですね」
「仕事ですから」
「真面目すぎます」
ヒロコは封筒から一万円だけ抜き取り、残りを先生の胸ポケットに押し戻した。
「これ、今度また遊びに来る時の同伴のご飯代にしてください」
先生が目を丸くする。
「またズルいなあ」
「ズルくないです」
「完全に囲い込みにきてますやん」
「違いますよ」
ヒロコは少し笑う。
「今週はちょっとバタバタするんです。東京の人たちも相手しますし」
「忙しそうですね」
「なので今週は無理ですけど、来週どっかで、細々と」
「細々と」
「そうやって続けていただけるとありがたいです」
先生はポケットの封筒を触りながら言う。
「そこまで考えてくれる人、これから現れない気がします」
ヒロコはすぐに首を振る。
「いやいやいやいや」
「先生、人生長いですよ」
「そうですか?」
「そんなことないです」
ヒロコは歩きながら続ける。
「地方出張とか、ありますよね?」
「あります」
「その時にちょっと行ってみたらいいじゃないですか」
「どこに」
「いろんなお店」
先生が苦笑する。
「ヒロコさん、勧めるんですかそれ」
「六本木とか銀座は私はわからないですけど」
「はい」
「なんか話聞いてる限り、ウェットな関係じゃなさそうじゃないですか」
「確かに」
「でも博多とか札幌とか、あの辺はちょっと私むしろ知りたいです」
「え?」
「レビューしてください」
先生が吹き出す。
「僕にレポート提出させるんですか」
「そうです」
「博子さんの頼みやったら行かなあかんな」
「ちゃんと楽しんできてくださいよ」
博子は真面目な顔になる。
「比較して、意固地になっちゃダメです」
「どういうことですか」
「“やっぱ博子が一番や”って思いたいがために、他を雑に見たらダメです」
先生が少し黙る。
「ちゃんと楽しむ」
「ちゃんと見る」
「ちゃんと比べる」
「それで、それでも戻ってきたいと思ったら、その時はまた来てください」
先生は小さく笑う。
「ずるいなあ」
「だからズルくないです」
駅の階段が見えてくる。
先生は少し真面目な声で言う。
「ヒロコさんは、自分の価値をわかってますよね」
「わかってないです」
「わかってます」
博子は肩をすくめる。
「私は、時々こうやって肩の力抜く時間を作るだけです」
「それが難しいんですよ」
「先生は真面目すぎるんです」
「そうですか」
「壊れたら困ります」
「誰が?」
「私が」
先生がまた笑う。
「そこもズルい」
改札前で立ち止まる。
「今週も無理しないでくださいね」
博子が言う。
「東京の人たちもあるし、忙しいでしょうけど」「博子さんも」
「私は遊びながらやってますから」
「それが一番危ない」
「大丈夫です」
先生は一度深呼吸してから言う。
「ちゃんと、他も見てきます」
「レビュー待ってます」
「博多か札幌、別に東京も一度見るのもいいですよ」「楽しんでください」
「比較して意固地にならないようにします」
「それが一番大事です」
改札を通る直前、先生が振り返る。
「来週、どっかで」
「タイミング合えば」
「細々と」
「細々と」
先生は笑って改札を抜ける。
ヒロコはその背中を見送りながら、胸の奥で静かに計算する。
一万円戻した意味。封筒を返した意味。
競わせない。縛らない。
でも、忘れさせない。
北浜の夕方ハイボールは、きっと先生の記憶に残る。
それで十分や。
博子は小さく息を吐いて、反対方向の改札へ歩き出した。




