店内で弁護士先生と2セット。先生といて苦じゃないから明日夕方北浜散歩していいですよ
弁護士先生と店に入ると、黒服がにこやかに頭を下げる。
先生は少し照れたような顔で、博子に小声で言う。
「この前さ、別の店行ってたやろ、って言われたわ。」
「誰に?」
「黒服に。」
「情報網こわ。」
くるくる言われながらも、先生はどこか楽しそうだ。
責められてるというより、“気にされてる”のが嬉しい顔。
席に着いて、まずは水割りを頼む。
ヒロコは今日は落ち着いたペースで、と心の中で決める。
(整える日や。)
先生はグラスを持って、少し肩の力を抜く。
「今日は、静かに飲みたい気分やねん。」
「それが一番ありがたいです。」
「暴れへんで。」
「暴れられても困る。」
ふっと笑いがこぼれる。
博子は、先生の様子を観察する。
目の奥に、やっぱり疲れがある。仕事の重さやろう。
「仕事のことで悩みあるんやろうけど、私は解決はできないですよ。」
「うん。」
「聞くことぐらいはできるけど。」
「それで十分や。」
先生は即答する。
「家帰って、一人でうつうつしてても、同じとこぐるぐる回るだけや。」
「あるあるですね。」
「今日ここ来て、誰かに話せるってだけで、だいぶ違う。」
「それならよかった。」
博子は大げさなことは言わない。正論も、励ましも、押しつけない。
先生はぽつぽつと仕事の話を始める。
クライアントの感情、裁判の駆け引き、責任の重さ。
ロジックで処理できる部分と、できない部分。
「聞いてくれるだけでありがたいわ。」
「聞くのはタダやから。」
「タダちゃうやろ。」
「心の中ではチャリンチャリン言うてるかも。」
「こわ。」
笑いながら、先生の顔色が少しずつ戻ってくる。
「有馬の時みたいなんあると、また次も考えてまうねん。」
「それはしゃあない。」
「今週土日、大きい案件入ってるし、来週のこと正直考えられへん。」
「今週乗り切るので精一杯やな。」
「せや。」
博子は少し間を置いて言う。
「でも、私は先生と飲むの、そんな苦じゃないですよ。」
「え?」
「楽にさせてもらえるから。」
先生は一瞬止まる。
「それ、ほんま?」
「ほんま。無理して笑わんでええし、変に張り合わんでええし。」
「…救われるわ。」
「だから、明日の夕方ぐらい、北浜で散歩ぐらいなら行ってあげますよ。」
ぽろっと言ってしまった、と博子は内心で思う。
先生の顔がぱっと明るくなる。
「え、ほんまに?」
「すこぶる喜ぶ顔やめて。」
「そら喜ぶやろ。」
「あんまり言わん方がよかったかな、って今思ってる。」
「なんでや。」
「期待値上げたくないし。」
「いやいやいやいや、そうやってちょっとでも時間作ってくれるのが嬉しいんや。」
先生は本気で言う。
「別に豪華なこといらん。北浜歩くだけでええ。」
「安上がりやな。」
「効率重視や。」
「職業病や。」
先生は笑いながら、グラスを置く。
「有馬のこともそうやけどさ。」
「うん。」
「ちゃんと相手見て言うてくれるやん。そこが嬉しい。」
「見てなかったら言わん。」
「そこやねん。」
博子は少し視線を落とす。
「私、だれでもにこんなお誘いしてるわけちゃいますよ。」
「うん。」
「一緒にいて楽な人にぽろっとこぼすと、勝手に明るくなってくれてるだけ。」
「それが才能や。」
「大げさ。」
「ほんまや。」
先生は上機嫌だ。さっきまでの曇りが、ほとんど消えている。
「なんか、仕事の悩みあんまなくなってきたわ。」
「単純。」
「単純でええねん。」
「ほんと楽やな。」
「それ、博子ちゃんの前やから言える。」
時計を見ると、二セットが終わる時間。
「今日は整った?」
「整った。」
「ほな今週、乗り切ってください。」
「北浜散歩、忘れへんで。」
「順番守れるなら。」
「守る。」
先生は満足そうに立ち上がる。
博子は、少しだけ胸の奥があたたかくなるのを感じる。
(あんまり言いすぎんようにしよ。)
でも、相手を見て、ちゃんと言葉を渡せた日やった。
月曜の夜。派手さはないけど、確実に整った二セットやった。




