山崎のウイスキー工場、たくさんの気づきを拾い帰路に就く。次はグラングリーンで響呑むか?
テイスティングを終えて、二人はゆっくりとお土産コーナーへ向かう。
瓶が整然と並ぶ棚。ラベルの金色が、やけにきれいに見える。
「さて、18年は……。」
博子が探すが、やはりない。
「売ってないですね。」
「毎度あるわけないか。」
「そりゃそうですよね。」
先生は残念そうというより、どこか満足した顔をしている。
「でも、なんか今日の時間で十分な気もします。」
「ほんま?」
「うん。さっきの18年、あれだけで価値ありました。」
博子は先生の横顔を見る。本気で楽しんでいる顔や。
棚の前で先生が足を止める。
「響……。」
「目いってますね。」
「なんか、バランス型って感じがして。」
「先生好きそう。」
フルボトルはそれなりの値段。先生は少し考える。
「ハーフサイズなら、買えんこともないな。」
「ええやん。」
「でもどうします?家で開けるだけやと、もったいない気もする。」
博子は少しだけ間を置いてから、ぽんと言う。
「大阪のグラングリーンの芝生、知ってます?」
「最近できたやつですか?」
「うん。あそこ、夜も雰囲気ええですよ。」
「ほう。」
「もしくは中之島のバラ園。」
「バラ園?」
「芝生に座って、昼間から開けるんも楽しいかもですよ。」
一瞬、先生の目が丸くなる。
「……それ、最高じゃないですか。」
「でしょ?」
「昼間から、響を。」
「ちょっとずつ飲んで、風に当たりながら。」
「なんでそんな発想出るんですか。」
「体験売ってますから。」
先生は笑いながら、即決した。
「買います。」
「早い。」
「これはもう、設計された気がします。」
「設計ちゃいます。提案です。」
レジへ向かう先生の背中は、妙に軽い。
袋を受け取って戻ってくる。
「仕事、まだ頑張りますから。」
「はい。」
「ちょっと時間ください。」
「順番待ちですよ。」
「順番待ちかあ。」
「水曜はおじいちゃん固定ですし。」
「強い。」
「強い。」
二人で笑う。
外へ出ると、少しだけほろ酔いの感覚が残っている。
山崎駅まで、のんびり歩く。
「このほろ酔いで歩くの、気分いいですね。」
「うん。さっきより風が柔らかい気する。」
線路の向こうに住宅街。観光地というより、普通の町の顔。
「こういう時間、ほんま大事ですね。」
「せやな。」
「ロジカルロジカルで生きてると、忘れます。」
「だから時々、森に来なあかん。」
「白州みたいに?」
「そう。」
先生が笑う。
「博子さん、ほんまにおもろい。」
「褒めすぎ。」
「今日の話、絶対誰かにします。」
「してして。」
「ウイスキー工場行って、18年飲んで、響買って、芝生で開ける計画まで立てたって。」
「ネタになるやろ?」
「なります。」
駅が見えてくる。
「でも、今日一番印象に残ってるのは。」
「何?」
「ヒロコさんの“清濁合わせて器はでかくなる”です。」
「まだ言うてる。」
「忘れられません。」
「変なとこ拾うなあ。」
「拾うのが仕事なんで。」
「会計士の?」
「男の。」
少し照れたように笑う先生。
ホームに入る電車の音がする。
「次は芝生ですね。」
「順番待ち守れるならな。」
「守ります。」
電車に乗り込む。ほろ酔いのまま、窓の外を眺める。
今日の18年の余韻と、白州の森の感覚が、まだ身体に残っている。
博子はふと思う。
こうやって一つずつ、体験が積み上がる。
札束ではなく、時間で。
帰り道の電車が、やけに心地よかった。




