博子が変わったと認識し始める黒服やナンバー嬢たち
「……正直、ここ十日くらいで、人変わったみたいやな」
バックヤードに戻る途中、黒服にそう言われた。
まだ十日も経っていない。けど、向こうの言い方は
「前と今が、はっきり違う」というニュアンスやった。
(そらそうやろ)内心ではそう思う。
意識は別人やからな。けど、それは口に出せへん。
「そうですか?」私は、いつも通りの声で返した。
黒服は腕を組み、少し考えるように言う。
「前はな」「もっと、焦ってた」フリーにつけ。
煽れ。シャンパン行け。結果が出んと、また煽れ、また追え。
それが“博子”やと思われてたんやろう。
「今は」黒服は続けた。「なんか、落ち着いてる」
一拍置いてから、本音が出てくる。
「でもな」「売上、バンバン上げに行かんでええんか?」
来た。ここが、分岐点。私は、曖昧に笑わなかった。
「まずは、指名で埋めるのが先です」
はっきり言う。逃げない。「フリーで一発取るより」
「同伴と本指名で、シフトを固めたいです」
黒服の表情が、一瞬止まった。今まで、
女の子からここまで“順番”を言われたことがなかったんやろう。
「数字は?」黒服が、少し強めに聞いてくる。
私は、間を置いて答えた。「数字は、これから出します」
「でも、今は“出し方”を間違えたくないです」空気が、張る。
黒服は一瞬、言葉に詰まった。いつもなら「とりあえず取れ」
で終わるところや。「……数字上げたら」少しトーンを落として言う。
「文句は言わん」それで十分や。「ありがとうございます」
私は、軽く頭を下げた。そのやり取りを、少し離れたところで見ていた二人がいた。
ナンバー嬢の、さき。それから、アルカ。
「博子」さきが声をかけてくる。
「最近、空気ちゃうな」アルカも、腕を組みながら言う。
「焦ってないのが、逆に目立つ」私は、肩をすくめた。
「やっと」「取る順番が分かっただけです」
さきは、少し苦笑いをした。「黒服の煽り」「正直、しんどい時あるやろ」
アルカが、頷く。「売上出せ言われても」「潰れたら意味ないもんな」
二人とも、“数字を出す側”の人間や。だからこそ、その言葉は軽くない。
「博子のやり方」さきが言う。「長持ちしそうやな」私は、即答しなかった。
「長く残りたいだけです」それだけ。フロアに戻ると、視線が少し変わっているのを感じた。
以前は、「取れない子」「危ない子」という見られ方やった。
今は、「どう出るか分からん子」になっている。
これは、売上より先に来る変化や。私は思う。北新地では、
急に売れるより、急にブレなくなる方が怖がられる。
黒服が絶対ではない。ナンバー嬢が様子を見ている。
現場の空気が、少しずつ変わっている。
十日足らずで、人が変わったように見えるなら。
それは、自分の軸ができたということや。
意識は別人やけどな。そこは、黙っとく。
北新地は、変化に敏感な街や。だからこそ、このまま静かに、
線を引きながら、積んでいく。
次に動くのは、数字じゃない。人の配置や。
私は、グラスを片付けながら、次の夜を思い描いていた。




