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小料理屋でのおじいちゃんとの同伴。博子の体験型店外の沼をほめるおじいちゃんwww

 白州18年の話は、いきなり出すのは野暮やなと思い、胸の奥にしまった。

 今夜はあのボトルの値段よりも、この時間の値打ちを味わう日や。

 北新地の、仕事のきちんとした小料理屋。派手さはないけれど、暖簾の奥に入った瞬間、

 空気が変わる。カウンターの木目は落ち着いていて、器は控えめに美しい。

 板前の所作も静かや。滑り出しは悪くない。

 茄子の煮びたしが、ちょうどええ温度で出てきた。だしがやわらかくて、口の中でほどける。

「やっぱりここ、ええな。」

 おじいちゃんが小さくうなずく。

「この時間が楽しみやねん。」

 その一言に、博子の肩の力がふっと抜けた。

「私も一緒にいて落ち着くし、店の中がゆっくりして居心地いいねん。」

 それは本音やった。騒がしい店も悪くないけれど、こういう静かな空気の中で

 並んで座る時間は特別や。刺身が出てくる。包丁の入れ方がきれいで、脂がすっと光っている。

 酒を少し含んで、おじいちゃんが言う。

「あれは沼やな。」

 博子は思わず苦笑する。

「やっぱり?」

「話は聞いてたけどな。行ってみたら、あんな楽しいとは思わんかったわ。反則技やで、あれは。」

 昨日の蒸溜所。香り、樽、静かな時間。十八年という数字の重み。

「そら、ぬまるわ。」

 おじいちゃんは笑う。

「ジジイでよかったわ。」

「なんでよ。」

「若かったらもっと通ってまうやろ。」

 二人で笑う。

 博子はグラスをくるくる回しながら言う。

「売れへんかったときの引き出しが、ちょうど噛み合ったんよ。ああいう体験系は。」

 おじいちゃんは眉を上げる。

「賛否両論なんか?」

「あるよ。女の子からはな。」

「ほう。」

「ええやんって子もおれば、やりすぎちゃう?って子もおる。」

 体験を共有するというのは、強い。ただ飲んで笑うだけとは違う。

 記憶に残る。

「店の中での差は広がるな。」

 おじいちゃんは静かに言う。

「体験の引き出しがえぐい。」

 その言葉に、博子は少しだけ誇らしくなる。

「他に指名変えができんくなるやろ。」

「それがな……」

 博子は箸を止める。

「ほどほどにせな、ガチ恋になるやつ出るんよ。」

「おるんか?」

「もう二人くらい、ガチ恋です。」

 一瞬の沈黙。

 次の瞬間、おじいちゃんが腹を抱えて笑い出した。

「はははは!二人もおるんか!」

 声を抑えながらも、肩が震えている。

「笑い事ちゃうで。」

「いや、ええやないか。」

 刺身をつまみながら、おじいちゃんは続ける。

「それだけ“違い”が出とるいうことや。」

 博子は苦笑する。

 違い。

 それは確かにある。

 同じ店にいても、同じ時間を過ごしても、

 持ち込む体験の質で空気は変わる。昨日の蒸溜所の話はまだ出していない。

 でも、あの時間が二人の間にうっすらと漂っている。

「ほどほどに、な。」

 おじいちゃんが言う。

「わかってる。」

 わかっている。沼は深い。

 踏み込みすぎれば戻れなくなる。

 でも、その手前で立ち止まる技術もある。

 里芋の煮転がしを軽く揚げたやつが出てくる。

 外は香ばしく、中はほくほく。

「これやな。」

 おじいちゃんがうなずく。

「おじいちゃんと来るならこれやろ?」

「わかっとるやないか。」

 静かな笑いがカウンターに落ちる。

 白州18年の市場価格の話は、まだ胸の奥。

 今は出さなくていい。

 今日の主役は、値段ではなく、時間や。

 おじいちゃんがゆっくりと酒を口に含む。

「また行こか。」

 どこへ、とは言わない。でも二人にはわかる。

 博子は少しだけ目を細めてうなずく。

「また、時間作ろな。」

 沼は確かにある。けれど、今はその縁に立っているだけ。

 カウンター越しの灯りがやわらかい。店の中はゆっくりと夜に溶けていく。

 爆笑の余韻を残しながら、

 二人の同伴は静かに、でも確実に深まっていった。

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