水曜日。おじいちゃんとの同伴日。体調整える。別日の種をまきながら
水曜日。だんだん、おじいちゃんとの同伴が近づいてくる。
朝から気持ちは妙に静かだった。焦りもなく、ざわつきもなく、
ただ淡々と準備を整えていく感じ。こういう日は珍しい。
昨日の山崎のウィスキー工場見学が、まだ胸の奥にやわらかく残っている。
白州18年を抱えて帰ったあの時間。おじいちゃんの横顔。あの空気。
思い出すだけで、心が少し軽くなる。
まずはやるべきことを淡々と。
金曜・土曜の同伴に向けての“種まき”。
清掃会社の社長には一言、「今週また来られますか」と軽く。
遺品整理の社長にも、「最近どうですか?」とやわらかく。
どちらもガツガツはしない。あくまで“思い出してもらう”程度。
それから会計士の先生にも、「日曜のウィスキー工場、楽しみですね」とだけ送っておく。
余計な話はしない。種は蒔くけど、水はやりすぎない。
弁護士先生は、まだ早い。有馬温泉の余韻を、もう少しだけ大事にしてもらおう。
しゃかりきに仕事を頑張ってもらって、ふと息抜きしたくなったときに声をかけるほうがいい。
焦らない。焦らない。
YouTubeも一本だけ軽く作る。
気づけば登録者は五百ちょい。悪くはない。でも本業が忙しいから、
無理に伸ばそうとは思わない。今は整える時期。
散歩に出る。ゆっくり歩く。呼吸を整える。
同伴は気持ちの温度が大事だ。
今日はもう決めている。おじいちゃんと行くなら、あの店。
茄子の煮びたし。里芋の煮転がしを軽く揚げたやつ。
そして刺身がうまい。派手さはないけど、味がきちんとしている店。
おじいちゃんと一緒なら、これだな、という安心感のある場所。
待ち合わせ場所へ向かう。
少し早めに着いた。深呼吸を一つ。
白州18年の話をするかどうか、頭の中で軽く整理する。
そこに――
ご機嫌さんのおじいちゃん。
昨日がよっぽど楽しかったのか、足取りが軽い。背筋もいつもより伸びているように見える。
「お、来たか。」
その一言の声の張りで、今日がいい夜になるとわかる。
昨日の余韻がまだ二人の間にある。でも、あえてすぐには触れない。
まずは何気ない話から。
「今日、散歩してたらな……」
「へぇ、どこまで歩いたん?」
ゆるく、自然に。
頭の中では、いくつかの話題が並んでいる。
白州18年の市場価格の話。昨日の蒸溜所での香りの違い。
おじいちゃんの若い頃の酒の話。あるいは、全然関係ない昔話。
どれから行くか。おじいちゃんの歩幅に合わせて、ゆっくり横を歩く。
昨日より、確実に軽い足取り。ああ、この人、昨日ほんまに嬉しかったんやな。
ふと聞いてみたくなる。
「昨日のボトル、やっぱり買ってよかった?」
おじいちゃんは少しだけ笑って、
「うん、ええ買い物やった。」
短いけど、それで十分だ。
博子の胸が少しだけ温かくなる。
店の暖簾が見えてくる。
今夜は派手に盛り上げる夜じゃない。
静かに、丁寧に、味わう夜。
茄子の煮びたしをつまみながら、
刺身をゆっくり口に運びながら、
どこかのタイミングで、さりげなく言ってみよう。
「なあ、あの白州、調べたらな……十五万ぐらいするらしいで。」
きっと、おじいちゃんは照れくさそうに笑う。
その顔を見るのが、今日の小さな楽しみ。
同伴が始まる。夜はまだ長い。




