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大事そうに持ち帰った白州18年。6万は躊躇すると思っていたが市場価格見てビビる。本物の価値を知る者

火曜日。朝から空気が澄んでいて、山の匂いがやわらかく肺に入ってくるような一日だった。

ウィスキー工場の見学は、想像していたよりもずっと静かで、ずっと重たかった。

十八年という歳月が、あの木樽の中でじっと眠り続けていたのかと思うと、

それだけで少し胸が熱くなる。最後に売店へ立ち寄ったとき、おじいちゃんは

白州18年の前で立ち止まった。値札は六万円。

決して安い金額ではない。むしろ、普通なら躊躇して当然の額だ。

「……どうする?」とヒロコが聞くと、「うーん」と一瞬だけ唸ってから、静かに財布を出した。

その動きに迷いはなかった。ただ、軽く息を整えるような間があっただけだ。

それが“躊躇”なのか、“覚悟”なのか、そのときのヒロコにはわからなかった。

帰りの電車で、ボトルの入った紙袋を大事そうに抱えるおじいちゃんの横顔を見ながら、

博子は思った。ああ、この人は今日という体験ごと買ったんだな、と。

家に帰ってから、博子はおじいちゃんメッセージを送った。

「今日はありがとうね。私も楽しかった。おじいちゃんが喜んでる姿を見て、

私もすごい楽しかった。また時間作って、こういう体験いっぱいしようね。」

すぐに既読がついて、「こちらこそありがとう」とだけ返ってきた。

その素朴な一文に、なんだか胸が温かくなる。

ひと眠りして、夜中にふと目が覚めた。部屋は静かで、時計の秒針だけが小さく刻まれている。

そのとき、突然あのボトルのことが気になった。

白州18年。六万円。

確かに蒸溜所ではその値段だった。でも、あれって市場ではいくらなんやろう。

スマホを手に取り、何気なく検索する。

――十五万円。

「……え?」

思わず声が漏れた。

ページをいくつか開いてみる。十二万、十四万、十六万。

どれも十万円を軽く超えている。ヒロコは一度画面を閉じ、もう一度検索した。

間違いではない。十五万円前後。

さっきまで“高いけど記念やしな”と思っていた六万円が、急に異様に安く見えてくる。

心臓が少しだけ早くなる。これ、めちゃくちゃ安くない?しかも、ふと別の考えが浮かぶ。

もしこれを、あの北新地や六本木の店でボトルとして下ろしたら?

市場価格十五万。そこに店のマージン。サービス料。消費税。

――二十五万。いや、三十万近くいくかもしれへん。

ヒロコは天井を見つめたまま、しばらく動けなくなった。

六万円を出すとき、おじいちゃんは確かに一瞬躊躇していた。

そらするやろ、六万円やで?簡単に出せる額やない。

でも、その躊躇のあとに出した決断は、もしかしたらめちゃくちゃ合理的だったのかもしれない。

定価で、蒸溜所で、正規で。プレミアも、マージンも、搾取もない場所で。

“ほんまの値段”で買った。

市場価格十五万円のものを六万円で。博子は小さく笑った。

「おじいちゃん、金の使いどころわかってるやん……」

無駄遣いではない。投機でもない。ただ、その場でしか買えない価値を、ちゃんと見抜いていた。

体験と時間と、十八年という重みを含めて。

しかも結果的には、めちゃくちゃお得。

あのときの一瞬の躊躇は、浪費をためらう慎重さであって、価値を見誤る弱さではなかったのだ。

博子はスマホを胸の上に置いた。

ドキドキが少し残っている。

なんやろ、この高揚感。今日一日が、ただの工場見学じゃなくなった気がする。

六万円のボトルが、十五万円の現実を連れてきた。

そして何より、おじいちゃんの“選択”が、ちょっと誇らしい。

お金を使うべき場所で使う。しかも、ちゃんと価値のあるところに。

それができる人は、案外少ない。

博子は布団に潜り込みながら思った。

明日、店で卸したらいくらになるか、もう一回ちゃんと計算してみよ。

きっとビビる。でも、それよりも。

今日のあの横顔を思い出すたびに、この六万円は安すぎる。

十八年分の時間と、今日の思い出と、そして“見る目がある人”の背中を見られたこと。

土曜の晩、静かな部屋の中で、博子はもう一度だけつぶやいた。

「やっぱ、おじいちゃん、かっこええわ。」

そう思いながら、ゆっくり目を閉じた。

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