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火曜日。博子とおじいちゃんでウイスキー工場見学。初めてはおじいちゃんと来たかったんです。

火曜日。月曜日は税理士先生との設計の話で、頭がぐるぐる回っていたけれど、

今日は違う。今日はおじいちゃんの日や。

ゆっくり寝て、昼前に起きる。シャワーを浴びて、軽く整えて、13時に大阪で待ち合わせ。

改札前で待っていると、おじいちゃんが手を振ってくる。

「昼飯食ってきたからな。今日はテイスティングして、ベロベロになって、夜帰っても大丈夫や。」

やる気満々や。

「ほどほどにしましょうね。」

そう言いながら、大阪駅を出て、高槻を越え、山崎へ向かう。

生前の博之の記憶で、道のりはなんとなく分かっている。けど、おじいちゃんと

一緒なら歩きは無理やな、と判断する。

「山崎駅からはタクシーにしましょ。」

「いや、歩けるで。」

「行きと帰りのこと考えたら、ここはタクシーです。」

素直に頷いてくれるのが、おじいちゃんのいいところや。

タクシーに揺られて、山崎のウイスキー工場へ。

着くと、大きなバスが何台も停まっていて、ツアー客らしき人たちがぞろぞろ降りてくる。

「高齢層も多いですね。」

「やっぱウイスキーやからな。」

お土産ショップの前を通ると、限定ボトルが並んでいる。

「百貨店で買えへんやつもありますよ。」

「それそれ。あとバスやったらテイスティングできるしな。」

テンションが上がっている。

軽く展示を見て回る。思ったより“工場感”はない。

「意外とあっさりですね。」

「もっと樽がズラッと並んでるか思たわ。」

そう笑いながら、いよいよテイスティングコーナーへ。

ずらっと並ぶ銘柄。中には千円を超える一杯もある。

「お、山崎のええやつ、千円超えや。」

「ストレートでいけますよ。」

おじいちゃんが、そっとグラスを持ち上げる。

香りを嗅ぐ。

「…ええ匂いやな。」

口に含んだ瞬間、顔が少しゆがむ。

「かーっ、結構きついな。」

「もっと上いきます?」

「行くか。」

ふたりで笑う。

天井が高く、光が柔らかく差し込む空間。奥では外国人がグイグイ飲んでいる。

「外人さん、強いな。」

「ほんまや。」

グラスを片手に、休憩スペースでまったり座る。

「こうやって好きなウイスキー飲みながら、のんびりできるってええな。」

「ええですね。」

おじいちゃんが、ぽつりと言う。

「博子と来て良かったわ。」

「ワシ一人で行こう思っても、なかなか来ん。」

「嫁は酒そこまで好きちゃうしな。」

少し遠くを見る。

「この歳になったら、同い年は引退して田舎帰っとる。遊んでくれる相手おらん。」

「昔ほど歩けへんしな。」

グラスを揺らす。

「でも、こうやって連れ出してくれるから、ワシまだ歩けるねん。」

その言葉に、博子は静かに山崎を口に含む。

強い。けど、芯がある。

「私、誰とでも行ってるわけちゃいますよ。」

おじいちゃんを見る。

「いたずらせえへん人。」

「距離感ちゃんと守ってくれる人。」

「心地いい人。」

「そういう人としか、こんな時間作りません。」

おじいちゃんの目が、少し潤む。

「一番最初に、一緒にここ来てほしかったんです。」

「ほんまにおじいちゃんと来たかった。」

「こういう時間、一緒に過ごしたかったんです。」

一瞬、黙る。

それから、満面の笑み。

「ほんまか。」

「ほんまです。」

「ワシが一番か。」

「はい。」

子どもみたいに嬉しそうな顔をする。

「ええな。ええな。」

「こんなん言われたら、もう満足や。」

グラスを持つ手が、少し震えている。

「ウイスキーより酔うわ。」

「それは強い度数のせいです。」

ふたりで笑う。

外の緑が揺れている。

グラス越しの琥珀色が、ゆらゆら光る。

観光地やけど、ここだけは静かや。

ウイスキーの香りと、おじいちゃんの満足そうな横顔。

博子は思う。

こういう時間が、いちばん価値あるんやろな、と。

商売でも、計算でもなく。ただ、誰かと、同じものを味わう時間。

「また来よな。」

「はい。今日はウイスキー。次は別のやつ攻めましょ。」

「ワシ、まだまだ飲むで。」

「ほどほどに。」

ゆっくりと、グラスを置く。

おじいちゃんは、満ち足りた顔で天井を見上げる。

「ええ日や。」

博子は、小さく頷いた。

「ほんまに。」

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