フリー卓を回っていると指名が入る。以前来たワンルーム営業の社員さんとゆっくり話す
フリー卓を半周くらい回っていると、黒服が近づいてきた。
「博子さん、指名です。」
誰やろ、と思ったら、あのワンルーム不動産の社員さんやった。
久しぶりやな、と思いながら卓に着く。
「お久しぶりです。」
「博子さん、覚えてます?」
「もちろんですやん。ワンルームやってて、ファミリータイプに転職どうしよかって
話してはりましたよね。宅建も取ろうかなって。」
社員さん、目を丸くする。
「え、あんまり来れてないのに覚えてくれてるんですか。」
「大事なお客さんですから。」
私は少し笑う。
「私、売れへん時期長かったんで、こうやって来てくれるだけでめちゃくちゃ嬉しいんですよ。」
本心やった。
「本当はもっと来てほしいですけどね」と冗談ぽく言うと、彼は少し照れた。
「最近、同伴とか増えてるって聞きましたよ。」
「ありがたいことに、ちょっとだけ。」
「営業ガンガンかけられるかなって思ってたんですけど、全然そんな感じじゃなくて。」
「今はもうガンガンせえへんです。」
「こうやって近況報告来てくれるだけで十分嬉しいんです。」
彼はグラスを持ちながら、ぽつりと言う。
「実は、あんまり来れてないの、ここ敷居高いって思ってて。」
「そんなことないですよ。」
「ガルバとかも行くんですけど、仕事の悩みとかあんまりちゃんと聞いてくれないんですよね。」
「上っ面トーク?」
「そう。タイプは?とか、休日何してるん?とか。もちろんそれも楽しいけど、
なんかちゃんと話せる人いないなって。」
少し視線を落とす。
「博子さんは、ちゃんと聞いてくれる。」
その言葉が、じんと胸に沁みる。私は静かに頷く。
「そら聞きますよ。」
「仕事の話って、その人の人生やから。」
彼は笑う。
「マジでありがたいです。」
「頻度少なくても、こうやって来てくれるだけで安心する。」
私は素直に言う。
「また時々近況報告来てください。」
「私にできることあれば、何でも言うてください。」
「宅建どうです?」
「勉強はしてるんですけど、やっぱり転職どうするか悩んでて。」
ワンルームは今、伸び悩み。
ファミリータイプに行くか、仲介か、管理か。
「不動産業界って転職多いから、何社か話は来てるんですけど。」
「引っかかる会社はあるんや。」
「はい。でも決め手がなくて。」
私は少し考える。
「宅建は持っといて損ないです。」
「選択肢広がるし。」
「でも、“今の延長線で幸せか”ってのも大事ですよ。」
彼は静かに頷く。
「なんか、こういう話できるのありがたいです。」
「ガルバでは絶対無理です。」
「アホみたいな話も楽しいけどな。」
「でも、ちゃんと聞いてくれる人いるって安心します。」
私は笑う。
「安心担当ですから。」
彼は少し笑って、グラスを置く。
「またいい話できたら来ます。」
「転職決まったら一番に報告します。」
「それ絶対ですよ。」
「約束。」
ワンタイムで、彼は帰っていった。
見送ったあと、少しだけ胸が温かくなる。
売れてきたとか、同伴増えたとか、そういうことより。
こういう言葉が、一番沁みる。
「ちゃんと聞いてくれる人がいるって安心。」
私は深呼吸する。
今日はもう十分やな、と思う。
残り、フリーをちょこちょこ回る。
無理に営業もせえへん。
必要以上に背伸びもしない。
軽く笑って、軽く受け流して。
黒服に「今日はこのへんで」と目で合図する。
店を出ると、夜の空気が少し柔らかい。
今日はこれくらいでええ。コツコツ。
無理せず。積み上げるだけや。




