有馬温泉の小旅行終わり。弁護士先生から封筒で10万頂くも2万返し次の同伴に使ってという
バスが大阪に戻り、ターミナルのざわめきの中に降り立つ。
有馬の空気がまだ身体に残っている。
「いやあ、あっという間やったな。」
先生が少し名残惜しそうに言う。
「ほんまですね。」
博子も本音だった。
駅ナカの人の流れを避けながら、少し端に寄る。
そのとき、先生が鞄から封筒を取り出した。
「これ。」
「え?」
「今日の分。」
「え、ちょっと待ってください。」
「店でこれだけ長居したら、もっとかかるやろ。」
「いやいや、今日は店ちゃいますし。」
「せやけど、丸一日やで。バスも飯も、時間も。」
私は封筒を受け取り、重みでだいたい察する。
「……いくら入ってます?」
「10。」
「じゅう!?」
思わず声が裏返る。
「先生。」
私は封筒を開け、中を確認する。
やっぱり10万円。
「これは多いです。」
「いや、妥当や。」
「妥当ちゃいます。」
私はその場で二万円を抜き、先生に差し出す。
「はい。」
「なんやこれ。」
「返却です。」
「なんでや。」
「残りは私の時給と足代でいただきます。」
「うん。」
「でもこの二万は、次の同伴の資金にしてください。」
先生が一瞬固まる。
「……商売人やな。」
「でしょ?」
私はにやっとする。
「今日みたいな日、楽しかったでしょ?」
「めちゃくちゃ楽しかった。」
「それを次に回すんです。」
先生が笑い出す。
「循環型か。」
「投資です。」
「ヒロコちゃん、ほんまにうまいな。」
「いやいや。」
「だから一緒に有馬行けて楽しいんや。」
その一言が、少しだけ胸に残る。
「お金をもらうために行ったんちゃいますよ。」
「わかっとる。」
「ちゃんと循環させたいだけです。」
先生は封筒をもう一度見て、二万円を受け取る。
「これ、次の分やな。」
「そうです。」
「ほな、また頑張って働かなあかんな。」
「単純ですね。」
「単純でええやろ。」
駅のアナウンスが響く。
「博子ちゃん。」
「はい?」
「こうやってちゃんと線引きするところ、好きやわ。」
私は少しだけ真顔になる。
「線は大事です。」
「せやな。」
「それ超えたら、ややこしくなるんで。」
先生がうなずく。
「今日は超えてへん?」
「超えてません。」
「手握ったのは?」
「バスの揺れ対策です。」
「うそつけ。」
二人で笑う。
「でもな。」
先生が少し真面目な顔になる。
「10万払おうと思ったんは、金で繋ぎ止めたいとかちゃうねん。」
「はい。」
「今日の時間の価値がそれくらいあったってことや。」
私は少しだけ視線を落とす。
「ありがとうございます。」
「でも二万返されるとは思わんかった。」
「先生が次も行きたくなる仕掛けです。」
「ほんまに商売人や。」
「だから先生も楽しいんですよ。」
「せやな。」
先生が笑う。
「ただのデートやったら、こんなにワクワクせえへん。」
「ちゃんと設計してますから。」
「恐ろしい女や。」
「褒め言葉ですね?」
「褒め言葉や。」
改札前で足を止める。
「ほな、今日はありがとう。」
「こちらこそ。」
「次はウィスキー工場か?」
「二万があるんで、行けますね。」
「よっしゃ。」
先生は満足そうにうなずく。
「ヒロコちゃん。」
「はい。」
「選び方、間違えんといてな。」
私は軽く笑う。
「先生もですよ。」
先生は改札を抜けていく。
私は封筒の残り八万円を鞄にしまいながら、ふっと息をつく。
ただのお手当ではない。
ただのデートでもない。
ちゃんと回る。
ちゃんと続く。
だから楽しい。
「商売人やなあ。」
小さく自分でつぶやきながら、私は逆方向のホームへ向かった。




