弁護士先生と博子が帰宅のバスの中でお互いのタイプを言い合う。距離が縮まる。
バスが有馬を離れて、山道に入る。
窓の外は緑が流れ、時々カーブで身体が少し揺れる。
「さあ、残りの1時間、何話します?」
私がにやっとして言うと、先生がすぐ返す。
「じゃあ博子ちゃんの話、詰めましょか。」
「詰めるって怖い言い方やめてください。」
「博子ちゃんはどういう人がタイプなん?」
ああ、来たなと思いながら、私は少し窓の外を見るふりをする。
「私はですね。」
少し間を置いてから続ける。
「こうやっておしゃべりして楽しい人が、まずはいいですね。」
「ほう。」
「いろんな引き出しを持ってる人がいいですけど……まあ、育てるのも悪くないですね。」
先生がふっと笑う。
「大人やな。」
「いや、現実的なんです。」
「育てるって、俺も育成対象?」
「先生は……もう完成形寄りですけど、磨きがいはあります。」
「なんやそれ。」
二人で笑う。
「あとですね。」
私は少し真面目な声になる。
「私に対してキレないこと。」
「キレる?」
「マウント取らないことも大事です。」
先生が眉をひそめる。
「そんなことしてくる人おる?」
「付き合ってる頃はいい顔するけど、結婚してから揉めるなんて話、ざらに聞くじゃないですか。」
「まあ……。」
「ちょっと魚に餌やらんとか、そういうの嫌なんですよ。」
「魚に餌?」
「放置とか、急に態度変わるとか。」
先生が腕を組む。
「俺はそんなことしてへんで。」
「みんな言うんですよ。」
即答すると、先生が苦笑する。
「信用ないなあ。」
「そこをどうやって見せてもらうか、ですよ。」
私は先生の方を見る。
「言葉じゃなくて、行動。」
「厳しい。」
「普通です。」
バスがトンネルに入る。車内が一瞬暗くなる。
「でも。」
私は少しだけ声を落とす。
「私も選ぶことが間違いなかったらいいけれども、選び方間違えることは十分あるから、気をつけなあかんなって思ってます。」
「博子ちゃんでも?」
「そりゃありますよ。」
「完璧そうやのに。」
「全然完璧ちゃいます。」
「どこが?」
「こうやって楽しませるのは得意ですけど、自分の本音は出すの苦手です。」
先生が少し黙る。
「今日、結構出てるけどな。」
「有馬効果です。」
「温泉ってすごいな。」
外がまた明るくなる。
「先生はどうなんですか。」
「何が?」
「どんな人がタイプなんです?」
「また返すんか。」
「当然です。」
先生は少し考える。
「一緒におって落ち着く人。」
「ほう。」
「あと、ちゃんと話聞いてくれる人。」
「それ今日やってますよ。」
「せやな。」
「他は?」
「俺の仕事、理解しようとしてくれる人。」
私はゆっくりうなずく。
「先生の仕事、どこまででかくしたいんですか?」
「またそこ戻る?」
「戻ります。」
先生は窓の外を見ながら言う。
「規模ってより、質やな。」
「質?」
「自分の名前で指名される案件増やしたい。」
「肩書きじゃなくて。」
「そう。」
私は小さく笑う。
「それ、恋愛も同じですよ。」
「どういうこと?」
「“弁護士”やからじゃなくて、“先生”やから選ばれる人になりたいんですよね。」
先生が黙る。
「ヒロコちゃん、刺すなあ。」
「優しく刺してます。」
「今日の1時間、濃いな。」
「まだ30分ありますよ。」
「怖いわ。」
バスがカーブを曲がる。身体が少し触れる。
先生がぽつりと言う。
「博子ちゃんとおると、自分の輪郭がはっきりする気がする。」
「それは良い意味で?」
「良い意味で。」
私は少し照れながら言う。
「それなら、今日来た意味ありますね。」
「ある。」
「でも。」
私はにやっとする。
「次もちゃんと頑張らな、審査落ちますよ。」
「まだ審査続いてんのか。」
「続いてます。」
「長期戦やな。」
「短期で決めるの、怖いですから。」
先生がゆっくりうなずく。
「ええ距離やな。」
「不倫にぴったり?」
「それ言うな。」
二人でまた笑う。
大阪の街が少しずつ近づいてくる。
「今日はありがとう。」
先生が静かに言う。
「こちらこそ。」
「また行こうな。」
「ロープウェイ、まだですから。」
「その次は?」
「審査通ったら考えます。」
バスがターミナルに滑り込む。
扉が開く前、先生が小さく言う。
「博子ちゃん、選び方間違えんといてな。」
私は一瞬だけ先生の目を見る。
「先生もですよ。」
ドアが開く。
有馬の余韻を抱えたまま、現実の街に戻る。
でも、距離は少しだけ縮まった。




