有馬温泉後半戦。満喫してバス待ちのホテルラウンジ。先生の物語をもっと見てもらえたらいいですね
有馬の坂道をゆっくり歩きながら、先生がぽつりと言う。
「なんか、大阪から有馬温泉までのこの距離感、ええですよね。」
「距離感?」
「うん。近すぎず、遠すぎず。安・金・短やからこそ、かもしれへんけど。」
「ああ……。」
思わず笑ってしまう。
「確かに、不倫にはぴったりの距離かもしれませんね。」
「博子さん、さらっと怖いこと言いますね。」
「いやいや、まだそこまで行ってませんから。」
先生が少し真面目な顔になる。
「ここで一緒に風呂入って、ちょっと休憩して帰るとか、最高に贅沢やと思うんですけどね。」
博子は即座に首を振る。
「それはまだ早いです。」
「早い?」
「もうちょっと仲良くなってからかな。一応、候補には入ってますよ。ガチ恋枠の。」
「候補には入ってるんや。」
「でも審査厳しいですよ?」
「弁護士やのに?」
「だからです。」
二人で笑う。また少し歩く。観光客の声、川の音、湯気。
町をぐるっと一周して、ロープウェイ乗り場に出る。
「上、行きます?」
「行きたいけど……。」
時計を見る。
「これ行ったら、半日プランでは無理やな。」
「ですよね。欲張らんときましょう。」
「また次回のネタにしときます。」
「その“次回”って言葉、魔法やな。」
「沼ワードです。」
下へ戻り、炭酸せんべいと酒まんじゅうを買う。ついでにお土産も。
「お土産、ちゃんと買うタイプなんですね。」
「形に残るもん、大事ですから。」
帰りのバスまで少し時間がある。
「ホテルのラウンジ、入りましょか。」
落ち着いたロビーで、コーヒーを注文する。窓から山の景色が見える。
「なんか、もう帰らなあかんのかって思うと、ちょっと寂しいですね。」
先生が正直に言う。
「旅行って毎回そんな感じになりますよ。」
「毎回?」
「だからまた行きたくなるんです。」
「なるほどな……。」
先生はカップを持ちながら考え込む。
「じゃあ、また行けるように頑張らなあきませんね。」
「そうです。お仕事して、稼いでもろうて。」
「博子さん、シビアやな。」
「現実的なんです。」
「ほな、1ヶ月は頑張るわ。」
「単純ですね。」
「単純でええやろ。」
「まあ、でも。」
私は少しだけ真面目になる。
「先生が頑張ってること、ちゃんと認めてもらわなあきませんよね。」
「それやねん。」
急に本音が出る。
「どんだけ勉強しても、どんだけ案件回しても、結局“弁護士”って肩書きだけ見られて。」
「中身、見てくれへん。」
「せやねん。」
私はうなずく。
「先生、もっと組み立てたらいいのに。」
「組み立て?」
「自分の物語。どういう弁護士で、どこ目指してて、何が楽しくて、何が悔しくて。」
「……。」
「婚活女性にそれ出さへんから、肩書き止まりなんですよ。」
「痛いとこ突くな。」
「今日はその練習やったんちゃいます?」
先生がゆっくり笑う。
「有馬で自己分析か。」
「足湯コンサルです。」
「別料金やろ。」
「次回請求します。」
二人で笑い合う。
バスの時間が近づく。
「ほんま、あっという間やな。」
「だからええんですよ。」
「また来たいな。」
「じゃあ、次はロープウェイ。」
「その次は風呂?」
「それは審査次第です。」
「厳しいなあ。」
外に出ると、夕方の空気が少し冷たい。バス停に並ぶ。
「今日、来てよかったです。」
先生が静かに言う。
「私も。」
「なんか、距離縮まりました?」
「ちょっとだけ。」
「それで十分や。」
バスが到着する。
「次の約束、ちゃんと作りましょうね。」
「仕事頑張る理由できたわ。」
「単純。」
「でも、それでええねん。」
乗り込む前、先生がふと真顔になる。
「博子さん、ありがとう。」
私は軽く手を振る。
「まだ終わってませんよ。帰りの1時間もありますから。」
「ほんまや。」
有馬の山を背に、バスに乗り込む。
ゆっくりと扉が閉まり、町が遠ざかる。
次の約束を匂わせながら、静かな帰路が始まる。




