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弁護士先生と有馬温泉小旅行。待ち合わせからのりのりの先生

日曜日の朝。阪急三番街の少し奥、駅前紀伊國屋書店の裏手にある、

有馬温泉直通バスの乗り場。まだ少し肌寒い空気の中、博子は柱にもたれて立っていた。

休日の朝の梅田は、どこか旅行前の浮き足立った空気がある。

(修学旅行みたいやな……)

そこへ、スーツではなくラフなジャケット姿の弁護士先生が、少し早足でやってきた。

「おはようございます!」声のトーンが明らかに高い。

「先生、テンション高いですね。」

「今日はほんまに楽しみにしてたんですよ。今週の仕事、捗る捗る。

全部前倒しで片付けました。」

「そんなに?」

「こんな予定入ってたら、やるしかないでしょ。」

博子はくすっと笑う。

「今日、修学旅行みたいですね。」

「修学旅行?」

「私言うときますけど、こんな修学旅行初めてですからね。」

「え、初めてちゃうんですか?」

「あ、違ったわ。この前、別の人と花見行ってました。」

「それはずるいな。」

「ずるくないです。仕事です。」

そんなやりとりをしながら、1300円のチケットを先生に買ってもらう。

「意外と安いですね。」

「でしょ。これで1時間、直通です。」

バスに乗り込み、二人並んで座る。

思っていたより座席はコンパクトで、肩が触れそうな距離。

「距離、めっちゃ近いですね。」

先生が小声で言う。

「観光バスやから仕方ないです。」

「なんか……ドキドキしますね。」

「何がですか。」

「隣に博子さんが座ってるっていう状況が。」

博子は横目で見る。

「先生、そういうの言うのセクハラですからね。」

「え、もうアウトですか?」

「一応アウト寄りです。」

そう言いながら、博子はふと先生の手をぎゅっと握った。

一瞬、先生が固まる。

「……え?」

「こういうのはセーフです。」

「いやいやいや、こっちの方がドキドキしますって。」

先生は照れ笑いを浮かべる。

「やっぱ来てよかったな……」

小さく漏れたその言葉が、妙に素直だった。

博子は少しだけ手を離し、窓の外を見る。

「先生、今日は観光ですからね。あくまで。」

「分かってます。でも、こうやって店の外で会うと、なんか違いますね。」

「違うのは先生のテンションです。」

「それは否定できない。」

バスがゆっくりと動き出す。

梅田の高層ビルが流れていき、やがて高速道路へ。

「1時間、何喋ります?」

博子が聞く。

「1時間あったら、だいぶ喋れますよね。」

「じゃあ、裁判しましょうか。」

「裁判?」

「“先生がなぜ婚活を嫌になったのか”を分析する裁判。」

先生は笑う。

「それ、ちょっと興味ありますね。」

二人で笑う。

窓の外には、少しずつ緑が増えていく。

街の景色が山へと変わっていく。

先生がふと、また小さく言う。

「ほんまに、こういう時間が欲しかったんですよ。」

博子は軽く肩をすくめる。

「先生、ガチ恋になるにはまだ早いですからね。」

「今日は違います。」

「何がですか。」

「今日は“体験”を楽しみに来てるだけです。」

「それなら合格です。」

再び、ほんの少しだけ指先が触れる。今度は握らない。

でも、その距離が心地いい。

「有馬着いたら、まず足湯ですね。」

「いいですね。湯気の中でおしゃべりしましょ。」

バスはカーブを曲がり、山道へ。

梅田の喧騒はもう遠い。

博子は思う。

(この人、完全に沼やな。)

でもそれは、悪い意味じゃない。

楽しんでいる顔。仕事とは違う緩んだ表情。

1時間の旅が、もう始まっている。

有馬温泉まで、あと少し。

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