土曜の昼、あえて空白にしていたところに荒い社長から同伴のお誘いが飛び込んでくる
土曜日の昼下がり、ヒロコはベッドの上でごろごろしていた。
カーテン越しの光がやわらかい。今日は、あえて指名を入れないでみようかな、
という気分だった。
日曜日は弁護士先生と有馬温泉。足湯と観光、そして直通バス。
半日とはいえ、ちゃんとエネルギーを使う。
「今日はちょっと出勤の時間減らしてもええかもな…」
そんなことを考えながら、スマホをぼんやり見ていると――
荒い社長からのLINE。
「昨日の今日やけど、同伴で遊びに行けんか?」
博子は一瞬、笑う。
(来たな。)
空いている。
本当に空いている。今日は珍しく。
「空いてますよ。どうされます?」
すぐ返すと、間髪入れずに返信。
「とりあえず一緒に飲んで、ゆっくり話したいな。」
博子は少し考え、提案する。
「じゃあ、豚しゃぶでも行きますか?鍋やったら落ち着いて話せますし。」
数分後、
「ええな。予約頼める?」
「任せてください。」
すぐに店を押さえる。
鍋は便利だ。
湯気が立つだけで空気がやわらぐ。
会話が詰まっても、肉をくぐらせれば間が持つ。
夕方、店前で待ち合わせ。
荒い社長は少し照れた顔で言う。
「博子、初めて同伴来たんちゃう?」
「違いますよ。お願いされたから来ただけです。」
「今日は?」
「今日は、久しぶりに空白作ってたんです。」
「ほな、ちょうど良かったな。」
どこか嬉しそうだ。
以前は、荒い社長の方が距離を詰めてきていた。
でも博子は、すぐには行かなかった。
詰められると、一歩引く。
それが博子のバランス。
それが今日は、自分から“空いている”と返した。
荒い社長は、それだけで上機嫌だった。
店に入り、半個室へ。
しゃぶしゃぶ鍋がセットされ、出汁が温まり始める。
「最近、めちゃくちゃ忙しそうやな。」
荒い社長が切り出す。
「ありがたいことに、ちょっと外遊びの提案が増えてまして。」
「コンカフェとか工場見学とかか?」
「そうです。婚活が嫌になった人たちが、なぜかこっちに流れてきてて。」
荒い社長は苦笑する。
「沼やな。」
「沼にする気はないんですけどね。」
肉をくぐらせながら、博子は続ける。
「最近、お願いする側から、お願いされる側になった感じです。」
「それは強いな。」
「強いというか、交通整理してるだけです。」
「前は余裕なかったもんな。」
博子は小さく笑う。
「指名かぶりでテンパってましたね。」
荒い社長はうなずく。
「最近は余裕ある。顔に出てる。」
「昼提案できるようになったからですかね。」
「それでか。夜の方が楽やのに、昼を選べるようになった。」
鍋の湯気が立ちのぼる。
社長は少し真面目な顔になる。
「俺な、ちょっと距離詰めすぎてたかもな。」
「…」
「博子が全然来てくれへんから、ちょっと拗ねてた。」
「拗ねてたんですか?」
「せや。」
二人で笑う。
「でも今日来てくれたやろ。」
「今日は空白作ってたんで。」
「その空白に入れたの、ちょっと嬉しいわ。」
博子は、箸を止める。
「荒井社長は、“同伴で遊びに行けんか”って言ってくれましたよね。」
「せやな。」
「私は社長からその言葉がでるまでタメを作って待ってただけです。」
荒井社長は一瞬黙り、それから笑う。
「ほんま、商売人やな。」
「商売人というか、バランスです。」
鍋が煮立つ。
「博子、俺どうしたいと思ってるか知ってる?」
「さあ?」
「ゆっくり話したいだけや。」
「今日はそれ、できてますよ。」
社長は満足そうに肉を口に運ぶ。
「コンカフェやら工場見学やら、派手なんもええけどな。」
「はい。」
「俺はこうやって、鍋つついて、近況聞けたらそれでええ。」
博子は静かにうなずく。
「それ、いちばん贅沢かもしれませんね。」
社長は笑う。
「博子が来てくれへんから、色々進めてたけどな。」
「進めてた?」
「他の店も行ってた。」
「でしょうね。」
「でも今日来たから、ごきげんや。」
博子はグラスを合わせる。
「じゃあ今日はごきげんで終わりましょう。」
鍋の湯気の向こうで、社長は穏やかな顔をしている。
派手さはない。でも、安定感がある。
博子は思う。
(空白を作るの、大事やな。)
埋めるためじゃない。選ぶため。
鍋の火を弱めながら、二人は近況をぽつぽつと話し続ける。
忙しさ。
外遊び。
会社の話。
そして、次はいつ空白がかみ合うか。
そんなことを、ゆっくりと。
土曜日の夜は、静かに温まっていった。




