おじいちゃんは私と何がしたいの?新鮮な遊び、山崎ウイスキー工場見学同伴
おじいちゃんが静かにグラスを置いたタイミングで、博子はふと思いついて聞いてみた。
「おじいちゃんは、私と何したいんですか?」
少し間があく。茶化すかなと思ったけど、意外と真面目な顔をした。
「今日みたいなんやな。」
「今日みたいな?」
「新鮮な遊び。」
博子は目を細める。
「夜の店で飲む以外ってことですか?」
「そうやな。今さら裸にそこまで興味はない。」
「ないんですか?」
「……ないわけではないがな。」
ふっと笑う。
「でもな、感情とか時間を味わいたい。」
博子は黙って続きを待つ。
「精神性の話や。」
「へえ。」
「若い頃はな、金で時間を買う感覚やった。今は違う。時間そのものを味わいたい。」
博子の胸に、少しだけ響く。
「今の話で言うたらな。」
「はい。」
「山崎のウイスキー工場見学とテイスティング。あれは興味あるな、近々で。」
博子は即座に返す。
「じゃあ今度行きましょ。」
「……うまいな、相変わらず。」
「何がですか。」
「自然に次の約束に持っていくとこや。」
博子は笑う。
「誘われ待ちしてたら枠埋まりますからね。」
「商売人やな。」
「おじいちゃんもでしょ。」
おじいちゃんは楽しそうに笑う。
「夕方から工場同伴しよか。」
「夕方工場見学からの店前同伴ですか?」
「それええやろ。」
「アリですね。」
「わしも沼や。」
博子が吹き出す。
「金はある。」
「そこ強いですね。」
「若いやつより遊ぶ時間限られてる。どうせ使い切れん。」
その言葉は、どこか静かで重い。
「だから使う。」
「賢い使い方ですね。」
「博子に並ぶわ。」
博子は少しだけ目を丸くする。
「並ぶ?」
「お願いする側やなくてな、ちゃんと予定組んで並ぶ。」
「……それ嬉しいです。」
「順番待ちでもええ。」
「いやいや、そこまでせんでええです。」
「いや、並ぶ。」
博子は笑う。
「よろしくお願いします。」
「日決めよか。」
「来週水曜、どうです?」
「水曜は夜あるやろ。」
「昼から行って、夕方戻って、夜ゆっくり。」
「ええな。」
「もしくは私の休みの日でも。」
「博子の休みに合わせる。」
博子は少しだけ柔らかくなる。
「ほんまに並びますね。」
「並ぶ。」
「無理しなくていいですよ?」
「無理ちゃう。」
グラスが静かに鳴る。
「若い頃はな、並ばせる側やった。」
「今は?」
「並ぶ側も悪くない。」
博子は微笑む。
「成長ですね。」
「老化や。」
「違います。」
二人で笑う。
「テイスティング楽しみですね。」
「博子は何飲む?」
「私はハイボール派です。」
「ほう。」
「でもテイスティングはストレートで。」
「かっこええな。」
「おじいちゃんは?」
「わしはな、ああいう香りをゆっくり嗅ぐのが好きや。」
ヒロコは静かに頷く。
「時間を味わう、ですね。」
「そうや。」
少し沈黙。
外のざわめきが遠い。
「博子。」
「はい。」
「若い奴らより、わしのほうがちゃんと遊ぶで。」
「期待してます。」
「ほんまや。」
「その代わり。」
「なんや。」
「無理しませんよ。」
「せえへん。」
「枠守りますよ。」
「守れ。」
「順番守りますよ。」
「並ぶ言うたやろ。」
博子は小さく笑う。
お願いする側から、お願いされる側へ。
でもここは、競争じゃない。
「じゃあ、日程送りますね。」
「頼む。」
「夕方から同伴、ありですか?」
「ありや。」
「工場→軽く食事→店前。」
「完璧や。」
博子は頷く。
「精神性の遊び、ですね。」
「そうや。」
「裸より。」
「裸もええけどな。」
「そこ戻るんかい。」
二人でまた笑う。
ゆっくりした時間。
焦りも、煽りもない。
ただ、次の楽しみを決めるだけ。
「わしも博子に並ぶ。」
その言葉が、なぜか心地よく響いた。
博子はグラスを軽く持ち上げる。
「よろしくお願いします。」
沼でもなく、駆け引きでもなく。
並んで歩く時間。それが、
今のおじいちゃんの“新鮮”なのだと、
博子は静かに理解していた。




