おじいちゃんとの店内の時間。ゆっくりしながらも分析される時間。一山超えたな
店に入って、いつもの席に落ち着くと、博子はふっと肩の力が抜けた。
おじいちゃんとの時間は、相変わらずゆっくりや。
ガツガツせえへん。煽られへん。探られへん。
ただ、酒を飲んで、話す。
「今日はなんか、顔つきちゃうな。」
おじいちゃんがグラスを揺らしながら言う。
「え、なんですか急に。」
「ひと山、越えたやろ。」
博子は一瞬止まる。
「……なんでわかるんですか?」
「じじいやからや。」
即答。
「それズルい答えですやん。」
「ほな真面目に言うたろか。」
おじいちゃんは博子をまっすぐ見る。
「夜同伴のほうが楽やのに、昼の提案してきたやろ。」
博子は、少し黙る。
「……あー。」
「昼を楽しめたんやろ?」
「楽しめました。」
「前はな、余裕なかった。指名かぶりのときの顔、覚えてるで。ちょっと焦ってた。」
「そんな顔してました?」
「してた。」博子は苦笑する。
「今日はな、余裕ある。昼をちゃんと楽しめてる。夜の延長やなくて、
昼そのものを楽しめてる。そこが違う。」
「……よく見てますね。」
「商売人やからな。」
博子はグラスに口をつける。
「お願いする側から、お願いされる側に変わりました。」
「ほう。」
「前は同伴お願いします、って立場やったのに。今は予定くださいって言う立場になってる。」
「立場逆転やな。」
「会計士の先生も、弁護士先生も、コンカフェ同伴ハマってしまって。
どんどん私の提案した外遊びをしてほしがるんです。」
「どんな?」
「香水作りやら、ウィスキー工場やら、有馬温泉やら。引き出し開けてくれって。」
おじいちゃんが笑う。
「沼やな。」
「ですよね?」
「博子の“引き出し沼”。」
「いやいや。」
「男はな、知らん世界見せられると弱いねん。」
博子は思い出す。
メイド風コンカフェのオムライス。
手品レストラン。
川沿いの散歩。
工場見学。
「提案すればするほど、もっとくれってなるんです。」
「そらなるわ。」
「止まらへん気がして。」
「止めるな。」
「え?」
「ただ、溺れさせるな。」
博子はおじいちゃんを見る。
「沼はな、浅瀬作っとかなあかん。全部深くしたら、怖なって逃げる。」
「……なるほど。」
「博子は今、深さのコントロールできてる。」
「できてますか?」
「できてる。昼提案できた時点でな。」
博子は少し考える。
「昼は、余裕の証拠ですか。」
「夜だけやと、金の匂いしかせん。昼混ぜると、余白になる。」
「余白。」
「そこに、男は居場所感じる。」
博子はゆっくり頷く。
「最近、“予定ください”って言うと、不機嫌なる人もいます。」
「そらおる。」
「でも、早めに枠取りに来る人優先です、って言ってます。」
「正解や。」
「冷たいですかね。」
「商売人や。冷たない。」
博子は笑う。
「沼って言われて、ちょっと怖なりました。」
「怖がっとけ。」
「え?」
「怖がってる間は、溺れさせへん。」
博子はグラスを置く。
「弁護士の先生、有馬温泉行きたい言うてます。」
「ほう。」
「婚活女性が嫌すぎて休会したって。」
「……また沼や。」
「ですよね。」
「でもな。」
おじいちゃんは静かに言う。
「博子が選ばれてるんやなくて、博子が選んでる形になってるやろ?」
博子ははっとする。
「……あ。」
「そこが山越えや。」
お願いされる側。
予定を組む側。
枠を決める側。
博子は小さく息を吐く。
「ひと山越えた、ですか。」
「越えたな。」
「次の山は?」
「バランスや。」
「崩さず積む。」
「そう。」博子は頷く。
「沼でも、遊園地でも、なんでもええ。」
「ええんですか。」
「博子が楽しいかどうかや。」
少し静かになる。
「今日は落ち着きますね。」
「わしとの時間はゆっくりやからな。」
「ほんまです。」
「焦らんでええ。」
博子は笑う。
「週一でこれがあるから、持ちます。」
「それはありがたい話や。」
グラスが触れ合う。
コンカフェのガチャガチャとは違う、静かなリズム。
沼と言われて少し怖くなったけど、
同時に、自分が今どこに立ってるかもわかった。
お願いする側から、お願いされる側へ。
でも、溺れさせない。
ヒロコは心の中で、そっと整えた。
今夜も、ゆっくり進む。




