おじいちゃんとの夜同伴前に別のお客様への同伴提案に余念がない
家に帰って、博子はソファに沈み込んだ。
「はぁ……」
さっきまで五月の風に当たっていた身体が、じわっと重くなる。
バラ園、ボート、じいちゃんの昔話。悪くない昼だった。
スマホを手に取り、天井を見ながら考える。
――さて、次の一手。
まずは金曜日。清掃会社の社長。たぶん来る。あの人は、流れを止めないタイプだ。
軽くジャブ。
《金曜、軽くご飯でもどうですか?最近お忙しそうでしたし、顔見れたら嬉しいです。》
押しすぎない。でも、存在は忘れさせない。送信。
次は土曜日。会計士の先生。この人は体験型が刺さる。弁護士先生と同じ匂い。
頭の中にはいくつか候補がある。
・ビール工場見学
・山崎のウィスキー工場見学
・夜なら手品レストラン
メッセージを組み立てる。
《昼ならビール工場か山崎のウィスキー工場見学→そのまま夜店前同伴。
夜だけなら手品レストランからの同伴。どれか興味あります?》
少し置いて返信が来る。
《ウィスキー工場、ちょっと斬新でいいですね。》
博子は天井を見たまま苦笑する。
――またか。
《ちょっと遠出になりますよ?半日デートみたいな感じです。こちらはお手当てで
調整いただければ大丈夫ですが。》
少し間。
《大丈夫です。僕も最近ちょっと婚活飽きてるんで。》
「……はいはい。」
なんか、どっかで見た流れやな。
婚活疲れ。刺激不足。
博子の“引き出し”に逃げ込む男たち。
飽きてるってなんやねん。けど、飽きてるからこそ動く。
《じゃあ候補日いくつか送りますね。予約必要なんで早めに決めましょう。》
送信。荒い社長の名前がLINEの上にある。既読なし。
「……どうしよかな。」でも、今日は触らん。
こっちから誘ったら、
“俺を優先してくれた”と勘違いされる。
今は向こうから来るまで待つ。
追わない。埋めない。
枠は空けるけど、差し出さない。
博子はスマホを置き、目を閉じる。
――回ってる。
おじいちゃん。
弁護士。
会計士。
清掃会社の社長。
それぞれ違う欲。
違う温度。
違う距離感。
全部を同じやり方で扱わない。
ゴロゴロしながら、博子は自分の今の立ち位置を整理する。
人気が出てきた、というより
“選択権”が少し戻ってきた。
前は、お願いしてた。
今は、「予定いただけたら」
と言える。それだけで世界が変わる。
気づけば夕方。出勤前の時間。
「よし。」
シャワーを浴び、メイクを整える。
夜の顔を作る。
今日はおじいちゃん。
昼間会ったばかりやけど、夜は夜。
店の空気で会うとまた違う。
ドレスに着替えながら、もう一度スマホを確認。
清掃会社の社長から返信。
《金曜いけそうです。時間はお任せします。》
「よし。」
会計士からも日程候補が返ってきている。
荒い社長は、まだ動かない。
――それでええ。
バッグを持ち、家を出る。
店前。街灯の下で、おじいちゃんが立っている。
「お、来たか。」
「こんばんは。」
「昼ぶりやな。」
「昼と夜は別です。」
「そうか。」
少し照れくさそうに笑うおじいちゃん。
博子は隣に並ぶ。
夜の風が少し冷たい。
「ほな、行こか。」
「はい。」
昼のバラの匂いは消え、
代わりにネオンの匂いが漂う。
博子は、もう一度スイッチを入れた。




