おじいちゃんと博子の中之島バラ園デート。ボートも楽しみ満喫
中之島のバラ園に足を踏み入れた瞬間、おじいちゃんはふっと息を吐いた。
「……気持ち、落ち着くわ。」
川沿いに広がる色とりどりのバラ。
赤、白、ピンク、黄色。五月の光に透けて、花びらがやわらかく揺れている。
博子は横目でおじいちゃんを見る。
「昔も来たことあります?」
「あるで。若い頃のデートなんてな、バラ園とか夜景とか、だいたい“女を落とすため”や。」
「正直すぎません?」
「正直つまらん思ってた。バラなんかどうでもええ。早よ飲みに行きたい、ってな。」
博子はくすっと笑う。
「だいたい飲みに誘うばっかりやったし、言うたら金に物言わせたところもある。
ええ店連れてって、ええ酒入れて、な。」
少し黙って、バラを見つめる。
「けどな、ジジイになってから来ると……しみるもんあるな。」
博子はゆっくりうなずく。
園内のベンチでは、同じような年配の夫婦が並んで座っている。
スマホで写真を撮るおじいちゃんたち。
花の前で照れくさそうに笑う姿。
「ほら、あそこ。」
博子が小さく顎で示す。
「横でエスコートしてるおじいちゃん、ええ顔してますよ。」
「……わしもあの年に近いな。」
「逆の立場にもなってたかもしれませんね。」
「ほんまやな。」
少し歩きながら、おじいちゃんは続ける。
「仕事は順調やし、金には困っとらん。けどな、今の顧問もそうやけど、ちょっと働く、
ってのを入れながらやってるのが健康の秘訣かもしれんな。」
博子は即座に同意する。
「そうです。やっぱ時々都会で働いて、ちょっと遊ぶ。これせんと家にこもってたらぼけますよ。」
「ぼける?」
「気力も、身体もなくなるし。」
「……怖いな。」
「だから今ちょうどええバランスなんですよ。」
バラのアーチの下をくぐる。
「こんだけ遊んでくれるからな。わしも健康保たれてるわ。」
「それは良かったです。」
「博子には嫁に遺産いくけどな、博子にもちょっとぐらい遺産やってもええかな。」
博子は即座に止める。
「まだそんなこと言わんといてください。」
「なんでや。」
「とりあえず週一で遊んでください。それで十分です。」
「欲ないな。」
「堅実なんです。」
二人で笑いながら、ボート乗り場へ向かう。
「これ乗るんか?」
目の前にあるのは、小さな川のボート。
「20分ぐらいです。大きい観光船と違って、川がめちゃ近いんですよ。臨場感半端ないです。」
「こんなちっちゃいの、揺れるやろ。」
「揺れます。」
「ほな乗ろか。」
川面が近い。水の匂いと、五月の風。
「うわ、近いな。」
「でしょ?」ボートがゆっくり進む。
「風、気持ちええな。」
「五月の風ですから。」
「ちょっと落ちそうやな。」
「落ちません。」
「ほんまか?」
博子は笑いながら手すりを握る。
水面がきらきらと光る。
橋の下をくぐると、少しひんやりした空気。
「下手なアトラクションより面白いんちゃうか。」
「でしょ?」
おじいちゃんは心なしか嬉しそうだ。
少年みたいな顔をしている。
「こういうの、ええな。」
「たまにでええんです。」
20分があっという間に過ぎる。
桟橋に戻ると、おじいちゃんはゆっくり降りた。
「今日はこれぐらいにしとこか。」
「はい。」
「わし、ちょっと仕事戻ろうかな思ってな。」
「え、仕事中だったんですか?」
「ちょっと長めの休みもろてた。」
「ちゃんと戻ってくださいね。」
「店いかな博子に怒られるわ。」
博子は軽く笑う。
「私は一回帰って、一眠りしてから、夜八時、店前で待ち合わせしましょう。」
「ほなまたな。」
「はい。」
別れ際、おじいちゃんは一度振り返る。
「博子。」
「はい?」
「今日もありがとうな。」
「こちらこそ。」
五月の風が、二人の間をすっと通り抜けた。




