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博子の引き出し開けてみたい。楽しい 弁護士先生、ガチ恋になるには早いです。

「先生、ひとつ聞いていいですか。」

黒霧のグラスを置いて、博子がわざと軽く首をかしげた。

「何が、私としたいんです?」

先生が一瞬むせて、笑ってごまかそうとする。

「何って……」

「結婚以外で、ですよ。」

博子が先に釘を刺すと、先生も観念したように頷いた。

「……大前提はな、まず一緒に遊びたい。」

「うん。」

「博子ちゃん、引き出し多いやろ。あれがいい。あれを、いくつも開けてみたい。」

博子は、内心ちょっとだけ嬉しかったけれど、表情は崩さない。

「引き出し、ですか。」

「そう。北浜も楽しかったけど、正直……想像の範囲を超えへんかった。」

「先生、言い方。」

「いや、貶してるんちゃうねん。北浜は“整う”やつやろ。けど今日のコンカフェは、

俺の中で跳ねた。未知やった。」

博子は「わかる」とだけ頷いて、先生の続きを待つ。

「だから出来事系がええ。手品とか、あれは近い。小旅行もええな。京都とか、

有馬とか、姫路とか。あとは……香水作るとか、陶芸とか。そういうの、俺やったことない。」

「ふむふむ。」

先生が少し真面目な顔になる。

「婚活で会う女の人ってな、スイーツ好きとか旅行好きとか言うけど、

結局“やってる感”だけで、出来事に一緒に飛び込む感じがないねん。」

「受け身、ってやつですか。」

「そう。俺も受け身やから、余計あかん。けど博子ちゃんは、引っ張るやん。提案するやん。

しかも押し付けじゃなくて、ちょうどいい。」

博子は軽く笑った。

「それ、仕事ですから。」

「仕事やとしても、俺には価値あるねん。」

先生が言い切ると、博子は少しだけトーンを落とした。

「……じゃあ、選択肢めっちゃありますね。」

「やろ? だから、次も頼むわ。」

「なんなら、私が“お店のメニュー表”みたいに、候補を毎回送りましょうか。」

先生の目が輝いた。

「それ、めっちゃありがたい。」

「ただし条件があります。」

「出た、条件。」

「予定をください。早めに。枠を押さえてくれる人が優先です。」

先生が笑う。

「人気嬢の言い方やな。」

「人気になりかけの、です。」

「了解。予定組む。で、同伴なり、飯なり、外の遊びなり、作ってくれたら嬉しい。」

「オッケーです。先生のテンションが上がる“出来事系”で組みます。」

「うん。頼む。」

話がまとまって、先生は満足そうにグラスを飲み干した。

時計を見る。

もう三セット目の終わりが見えている。

「じゃあ今日は、このへんで帰りますか。」

先生は名残惜しそうに言う。

「もうちょいおりたいけどな。」

博子は、そこで優しく笑って、でもはっきり言った。

「腹八分目で帰ってください。」

「……その方が次が楽しみってやつか。」

「そうです。先生、分かってきましたね。」

黒服が会計の段取りを始める。

席を立つ前、先生がぽつりと呟く。

「でも、ほんま楽しいわ。博子ちゃんといると。」

博子はすぐに手を上げた。

「はいはい、ストップ。」

「なんや。」

「先生、ガチ恋になりにはまだ早いです。」

先生が笑う。

「またそれか。」

「もうちょっと引き出し開けてから考えてください。まだ序章です。」

「序章でこれなら、本編どうなんねん。」

「本編は、お手当付きです。」

「出た。」

二人で笑って、店の前まで歩く。

外の空気が夜の匂いに変わっていて、先生が深呼吸をした。

「次、いつにする?」

「予定送ってください。私、メニュー作って返します。」

「了解。今日中に送る。」

「良い子。」

先生が苦笑して、頭を掻く。

「ほんま、博子ちゃんの手のひらやな。」

「先生が乗ってくれるから、回るんですよ。」

最後に軽く会釈をして、博子は送り出す。

背中が見えなくなる直前、先生が振り返って言った。

「また来るわ。」

博子は小さく手を振って、心の中でだけ答えた。

――次は“出来事”で、もう一段、跳ねさせる。

ガチ恋は、まだ早い。

でも、続く匂いは、もう十分にしていた。

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