遺品整理の社長と店に来て途中までゆっくりだったはずが荒い社長との被りで空気が悪くなる
土曜日の夜、店に入ってからは、ゆったりとした空気が流れていた。
遺品整理の社長とは、同伴から続く延長線上の時間。
急がない。煽らない。
ボトルをちびちびやりながら、会話の芯を探るような2セット。
博子は内心、改めて思っていた。
(やっぱり、士業の先生とか、実業のことを真面目に考えてる人とは相性ええな。)
論点整理をしたい人。
頭の中を一度、言葉にして外に出したい人。
そういう人と話すのは、嫌いじゃない。
婚活で迷っている若手の弁護士。
事業の方向性に悩む税理士。そして、今日の遺品整理の社長。
(生前の博之が婚活界隈をよう見てたのは、ほんま無駄ちゃうかったな。)
女性心理のズレ。専業志向と共働き志向の噛み合わなさ。
経済力と精神的自立のバランス。
その知見が、今博子の“引き出し”として生きている。
2セット目の中盤。ちょうど部下とのコミュニケーションの話が深まってきた頃だった。
「結局な、部下に任せるって言うても、どこまで口出すかやねん。」
「任せたフリになってません?」
博子が少しだけ意地悪く返すと、社長は笑った。
「それや。それ言われたかったんや。」
その瞬間、黒服が耳元に寄る。
「荒い社長、来られてます。博子さん指名です。」
(……あ、きた。)一瞬だけ、空気が固まる。
遺品整理の社長も、何となく察する。
「かぶった?」「……はい。すみません。」
その言葉を聞いた瞬間、遺品整理の社長の顔が、わずかに曇る。
露骨ではない。でも、長く通っている人の微妙な温度差は、博子にはわかる。
(あ、これ不機嫌モードや。)
そのタイミングで、アルカがヘルプでスッと入ってくる。
「こんばんは〜。社長、今日はゆっくりですね。」
柔らかい声色。空気を撫でるような入り方。
(うわ、神。)ヒロコは内心で手を合わせる。
アルカは、場を壊さない。
主役を奪わない。でも空気を軽くする。
「博子ちゃん、ちょっと呼ばれてるみたいですよ?」
と、わざと軽く振る。博子は遺品整理の社長に向き直る。
「すいません、ちょっと別の方からもご指名いただいてまして……少しだけ向こう行ってきます。」
社長はグラスを持ったまま、少しだけ間を置いてから言う。
「ええよ。仕事や。」
その一言がありがたい。「戻ってきますから。」
「戻ってこなあかんで。」「もちろんです。」
ヒロコは一礼して、荒い社長の席へ向かう。
荒い社長は、すでにハイボールを飲みながら待っていた。
「おう、博子。帰ったかと思ったわ。」
「この前はすみません。体調ちょっと崩してまして。」
「聞いた聞いた。黒服から。」声色は軽いが、少し棘がある。
「今日は飲みに来たぞ。」「ありがとうございます。」
座った瞬間、博子は空気を読む。
(今日は“寂しかった側”やな。)
「最近忙しそうやな。」「ありがたいことに。」
「人気出てきたら、俺ら後回しか?」
「そんなことないですよ。」
博子は笑いながらも、距離を詰めすぎない。
(ここで調子乗ったらあかん。)
「今日は何飲みます?」「今日はゆっくりでええ。」
その“ゆっくり”が、本音だとわかる。
遺品整理の社長の席をちらりと見る。
アルカがうまく回している。
(ほんまありがとう。)
博子は新井社長に向き直る。
「この前、入れ違いになってしまったの、本当にすみませんでした。」
「まあな。ちょっとキレてしまったわ。」
「次はちゃんと時間合わせます。」
荒い社長は、少しだけ機嫌を戻す。
「博子はな、ちゃんと来るからええねん。」
その言葉に、胸の奥が少し重くなる。
(ちゃんと“来る”。それをどう分配するか。)
かぶりは避けられない。人気が出るほど、発生する。
でも、その瞬間ごとの火消しが、今の博子の課題だった。
荒い社長の席で一杯目を合わせながら、博子は思う。
(チーム戦やな、ほんまに。)アルカのフォロー。
さきの視線。黒服の段取り。
一人では回らない。「今日は何セットいる?」
「社長次第です。」「ほな、とりあえず2セットはおるわ。」
「ありがとうございます。」博子は微笑みながらも、心の中で静かに息を整える。
(まだ土曜日、長いで。)
そして、遺品整理の社長の席へ戻るタイミングを、頭の中で計算し始めていた。




