店内でのおじいちゃんとのゆっくりした時間。見透かされているのと心配されてるのがわかる
お店に入ってからは、もういつもの流れだった。
黒服に軽く会釈して、ドリンクを整えてもらって、
博子はおじいちゃんの卓へ向かう。「こんばんは。」
「おう、きたな。」もう緊張はない。水曜日、この時間、この席。
だいたい決まっている。「ゴールデンウィークはどうされるんですか?」
博子がグラスを置きながら聞くと、おじいちゃんは肩をすくめる。
「まあまあ、嫁とのんびりかな。じじいやからな、そんなペース変わらへんで。」
「旅行とかは?」「人多いやろ。あれは若いもんが行くもんや。」
くくっと笑う。「水曜はこの時間に来るかなー、ぐらいやな。博子以外、
今んとこそんな行く店ないし。」さらっと言う。
博子は少し首を傾げる。「他の店、探検しないんですか?」
「探検はしたいで。でもな、結局ゆっくり飲めへんねん。今の北新地はな、
シャンパン煽る系が多いやろ。ええ店=シャンパン、みたいな。」
「あー……。」「スナックもあるけどな。あれはもうコミュニティ出来上がってるやろ。
そこにじじい一人で入るんはなかなかやで。」確かに。
博子は思う。“空気ができてる場所”は、新規には厳しい。
「それに、気の利いた会話してくれる若い子、少ないわ。」「辛辣ですね。」
「ほんまや。できる子は人気や。ついてくれる時間も短い。同伴も後ろから並ばなあかん。」
おじいちゃんはグラスを回しながら続ける。
「今の博子はありがたい。せやけどな、博子も人気出てきとるやろ。
おじいちゃんどうしよかな、って思うときあるで。」その言い方が、少しだけ寂しそうで。
博子はまっすぐ見る。「私はおじいちゃんとの時間、めちゃくちゃありがたいなって
思ってきてるんです。」嘘じゃない。派手な設計もいらない。駆け引きも薄い。
ただ、ゆっくり話せる。「その感じ、めっちゃ出てんねん。」
おじいちゃんが即答する。「ほんまですか?」「うん。やからな、疲れも見えてんねん。」
ヒロコの手が一瞬止まる。「え?」
「出勤日数増えてるやろ。同伴も詰めてる。指名かぶりも出てきてる。
まだ慣れてへんやろ、その感じ。」ズバッとくる。
博子は思わず笑う。「なんでそんなわかるんですか。」
「じじいやからな。」さらり。でも核心。
確かに、かぶりはまだ怖い。処理がぎこちない自覚はある。
“選ばれる”ことに慣れてない。「無理したらあかんで。」
「してないつもりなんですけどね。」「してる顔や。」
博子は苦笑する。「減らすなら、出勤減らすか、同伴減らすか。
どっちかやな、しばらくは。」おじいちゃんは酒を一口飲む。
「博子は丁寧や。やからこそ疲れる。」それは、褒め言葉であり、警告でもある。
店内は少しざわついている。シャンパンコールの声も遠くで聞こえる。
けれどこの卓は、静かだ。
「おじいちゃんは、博子が忙しくなったらどうします?」
「そのときはそのときや。並ぶんちゃうか。」
「並ぶんですか。」「じじいでも並ぶで。」
二人で笑う。「でもな、博子が倒れたら意味ないやろ。」
その言葉が、やけに優しい。
博子はグラスを持ちながら、少しだけ視線を落とす。
——見られてる。表情も、テンポも、呼吸も。
「なんでもわかるんですね。」
「なんでもはわからん。ただ、博子はわかる。」
ダラダラと二セット。無理に延長もせず、
無理に盛り上げもせず。ただ、ゆっくり時間が過ぎる。
他の卓ではシャンパンが開く。コールも入る。
けれど、おじいちゃんの卓はボトルで静かに回す。
「博子はな、今ちょうど波乗ってるとこや。せやけど、波は永遠ちゃう。」
「怖いこと言わないでください。」
「怖がらせたいわけちゃう。体力残しとけ、いう話や。」
博子は小さくうなずく。水曜日のこの時間。
戦略も、設計もいらない。ただ、見抜かれて、
見守られている感覚。二セットが終わる頃。
「ほな、また来週な。」「はい。水曜、いつもの時間ですね。」
「せや。」立ち上がる背中は、どこか軽い。
博子は見送りながら思う。——ありがたいな。
人気が出ることよりも、
こうやって“見てくれてる人”がいること。それが、何よりの支え。
ツボを押されながら、博子はまた静かに卓を回る。
水曜日は、こうして終わる。




