水曜日、おじいちゃんとの穏やかな時間。同伴編
火曜日は、そんなふうに静かに終わった。
会計士先生は、ラストまでいこうかと一瞬迷った顔をしながらも、博子に
「自分で遊びを育ててくださいね」とやんわり釘を刺され、
「はいはい、わかりましたよ」と苦笑いして帰っていった。
——あの人は大丈夫やろ。
依存一歩手前で止める。それが博子のさじ加減だった。
そして水曜日。朝、まだ布団の中でスマホを見ると、おじいちゃんからメールが入っている。
「また飯でも行くか?」短い。でも、どこか安心する文面。
「何が食べたいですか?」と返すと、すぐに返事がくる。
「あんまり重くないもんがええな。」
最近は和食が多かった。刺身も何度か行ったし、釜飯もやった。
ヒロコは少し考えてから打つ。
「カマ焼きの美味しいところどうです?ブリとかハマチのカマ焼き、
今ちょうど脂乗ってると思います。」「それはええな。」即答。
——よし。焼き魚が美味しくて、うるさくなくて、落ち着いて話せる店。
博子は頭の中で何軒か候補を並べる。北新地寄りより、少し外したほうが静かやろう。
「私、探しときますね。落ち着いたとこ。」「任せるわ。」
その一言が、妙にうれしい。一方で、頭の片隅には金曜日の段取り。
税理士先生と、生命保険会社の人のダブル同伴。
博子はアルカにLINEする。「金曜のあれ、結局どうなった?」
少しして返信。「向こう、予定つきそうやって。先生と一緒に来るみたい。」
「ほなOKやな。」「気は使うやろうけど、面子は保てそう。」
博子は少し笑う。——面子、大事やもんな。集合時間と店前同伴の時間だけ決める。
あとは内容がかぶらないように。
「先生はしっぽり系やから、刺身と日本酒でいくわ。」
「じゃあ私は洋食かな。被らんようにする。」
ざっくり決める。細かいことは当日合わせる。
団体戦の感覚が、最近自然になってきている。
でも、その裏でひとつ気になることがある。
荒い社長。最近動きが読めない。
連絡の間隔もまばらで、急に来ることもある。
——今日、おじいちゃんとかぶったらどうする?
早めに来るなら一本連絡ほしい。かぶりはまだ処理がうまくない。
売れなかった時期が長かった分、“選ぶ”より“選ばれる”側の感覚がまだ抜けきらない。
スマホを見つめながら、小さく息を吐く。「まあ、なるようになるか。」
昼を少し過ぎて、博子は同伴の準備をする。
今日のテーマは“静”。派手さはいらない。
ゆっくり、体に優しい時間。おじいちゃんと待ち合わせ。
「今日は軽めやで。」「はい、焼き魚いきましょう。」
店に入ると、落ち着いたカウンター。炭火の匂いが柔らかく漂う。
ブリのカマ焼き。ハマチの塩焼き。少しだけ冷酒。
「ええなあ。」おじいちゃんはほっとした顔をする。
「最近ちょっと働きすぎちゃうか。」
不意に言われる。博子は少し笑う。
「バレてます?」「顔見たらわかる。」
「まあ、ちょっと回ってきてますね。」
「体壊したら元も子もないで。」優しい声。
博子はグラスを持ちながら、少しだけ視線を落とす。
——働きすぎ。確かに、同伴も増えた。時給も上がった。
評価もされ始めた。でも、だからこそ怖い。崩れたら一気に落ちる世界。
「大丈夫です。無理せん範囲でやります。」
「それならええ。」焼き魚をほぐしながら、ゆっくり話す。
店の話。最近の客層。体のこと。派手さはない。
でも、芯がある時間。スマホは静かだ。
荒い社長からの連絡は、まだない。——今日はこのまま、静かでええ。
そう思いながら、ヒロコは炭火の匂いを吸い込む。
一抹の不安はある。でも、目の前の時間を丁寧に過ごすこと。
それが今の最適解。
「今日のブリ、当たりやな。」「でしょう?」
博子は笑う。派手な仕掛けも、戦略もいらない夜。
ただ、落ち着いた焼き魚と、ゆっくり流れる時間。
そのまま、二人は店へ向かう。
ヒロコの胸の奥に、ほんの少しだけ緊張を残したまま。




