今日のラスト。50代清掃会社社長。キャバ嬢に疲れたおじさま。次回本指名約束もらう
その日のラスト。博子――中身は博之は、フロアの一番端の席に案内された。
相手は、五十代半ばくらいの男性だった。作業着に近い服装。
仕事終わりなのが一目で分かる。靴も、正直きれいとは言えない。
席に着くなり、男は小さくため息をついた。
「ここ来るとさ」グラスを見つめながら、ぼそっと言う。
「ドリンクねだられるやろ。同伴、指名……正直、もうウンザリやねん」
博子は、黙って聞いた。「仕事終わりにそのまま来たら」
「汚い格好やって、塩対応されるしな」愚痴というより、諦めに近い声だった。
博之は、その言葉を聞いて、胸の奥が少しだけ痛んだ。
自分も、生前は似たような経験をしている。
スーツじゃない日。疲れ切った顔。それだけで、扱いが変わる場所。
「……すみません」博子は、ゆっくりと言った。男が、顔を上げる。
「せっかく、安くないお金使って来てくださってるのに」
「嫌な思いさせてしまって」一瞬、相手は戸惑った表情を見せた。
「今日は、ドリンクいらないです」博子は続ける。
「その代わり、ゆっくりお話ししましょう」
男の肩から、少し力が抜けたのが分かった。
「清掃のお仕事って」ヒロコは、言葉を選びながら話す。
「なくてはならない仕事ですよね」男の目が、わずかに動く。
「ビル清掃とか、規模大きくなったら」
「安定した収益にもなると思いますし」
少し間を置く。「でも、人の手配とか、大変そうやなって想像します」
男は、思わず苦笑した。「……分かってくれるんや」
そこから、話は一気に広がった。人が急に来なくなること。
早朝や深夜の現場。クレーム対応。それでも、建物がきれいになる瞬間の達成感。
ヒロコは、相槌を打ちながら聞いた。知ったふりはしない。評価もしない。
ただ、理解しようとする。十五分は、あっという間だった。
「もっと話したいな」男は、ぽつりと言った。「指名してもええ?」
その言葉に、ヒロコは一瞬、呼吸を整える。
「ありがとうございます」そう言ってから、続けた。
「それやったら、次、本指名の時の方が嬉しいです」
男は、少し驚いた顔をする。
「今日、ボトル下ろそうかと思ってたんやけどな」
博子は、首を振った。「ボトルも、次で大丈夫です」
「仕組み的にも、その方が嬉しいですし」少しだけ、笑う。
「まだ、お話の続き、ありますよね?」
男は、しばらく黙っていたが、やがて大きくうなずいた。
「……ほんま、煽る子ばっかりやったからな」
「まともな子も、ちゃんとおるんやな」
その言葉は、どこか安心したようだった。
「もし、よかったら」博子は、最後に提案する。
「週末、時間ありますか?」男が、顔を上げる。
「リーズナブルなお店で、軽くご飯でも食べて」
「そのあと、一緒にお店来てもらえたら嬉しいです」
無理に飾らない。高い店も言わない。逃げ道を残す。
男は、少し考えてから、笑った。「それやったら、行けるわ」
「気楽でええな」博子は、深く頭を下げた。
この夜の最後に、一番静かで、一番手応えのある約束が残った。
派手な音はしない。でも、確かに“次”ができた。
博之は、心の中で思う。
――こういう人を、大事にせなあかん。
北新地の夜は、まだ冷たい。
それでも、確実に、足元は固まり始めていた。




