決戦の土曜日。東京のお客様に挨拶メールを送り。本番前にゆっくり休む
土曜日の朝は、いつもより少し早く目が覚めた。
カーテンの隙間から入る光が、妙にまっすぐで、今日が勝負の日やと静かに
告げている気がした。枕元のスマホを手に取り、ゆっくりと文字を打つ。
「本日はよろしくお願いします。9時ごろを想定しております。2セット指名で、
森伊蔵を中心に、百年の孤独を1本。さきとあるか、博子の3人で卓につかせていただきます。
本日はどうぞよろしくお願いいたします。」送信ボタンを押す前に、もう一度読み返す。
押しつけでもなく、媚びでもなく、淡々とした確認。
これまでのやり取りの積み上げがあるからこそ、今日はこの一文で足りる。
今回の枠組みは、実はずっと前から振っていた。
予算25万と言われたけど、実際は17万くらいで収める設計にしてある。
森伊蔵の残りを軸に、百年の孤独をもう一本。あとは流れ次第でワンセット延長か、
シャンパンで微調整。「残りはお任せします」と言ってくれているのが、逆に重たい。
任せてもらえるということは、崩せないということやから。
OKはすでにもらっていたけど、今日来てくれるから改めて送る。
誠実さは、重ねて損はない。送信。既読がつくのを確認して、スマホを胸の上に置く。
ふぅ、と一息。今日は同伴を入れない。一点集中。この卓を丁寧にやる。
黒服も言っていた。「これ決まったら時給4,000円考えるで」
それを餌にされてる感じは、正直ゼロではない。けど、今はそれでええ。
出勤が安定して、地盤が固まれば、選択肢は増える。
焦って跳ねるより、淡々と積む。それが一番、後で効く。
布団の中で、ゴロゴロと体を丸める。
新井社長も、会計士の先生も、少しずつ距離が縮んでいる。
正直、好かれている感覚はある。あのまま煽れば、もっと開くやろう。
でも、それをやらない。やらないって決めている。
前世の記憶みたいなもんや。博之時代の自分。
調子に乗ってバランスを崩したこと。一人を煽れば、他が歪む。
歪みは、あとから必ず跳ね返る。だから今は、淡々。
好きになりかけてくれても、距離は一定。ドンチャンも、依存も、過剰な期待も作らない。
「腹八分目」自分にも言い聞かせる。東京の3人。六本木より安いけど、六本木より落ち着く。
それを体感してもらう。焼酎の香りと、大阪のローカルの話。京都の余白。
派手さじゃない。記憶に残る夜。その設計図を、頭の中でなぞる。さきはテンポ担当。
あるかは空気読む係。私は深掘り。焦らん。盛らん。削らん。
そのままで勝つ。スマホが震える。「よろしく。楽しみにしてるよ」
短い返信。それで十分や。安心して、もう一度目を閉じる。
今日は戦やけど、走らん。布団のぬくもりの中で、ヒロコはゆっくり呼吸を整える。
勝ちに行くんやない。崩さない。それだけでいい。
そう思いながら、もう一度、少しだけ眠りに落ちた。




