荒い社長が博子との時間で大事にしたいこと。
「今日のおすすめデートコース、YouTubeで流したらウケますかね?」
博子がふとそう言うと、荒い社長はグラスを持ったまま眉を上げた。
「ほう。世界配信か?」「まあ、そんな大げさなもんちゃいますけど」
「ニーズはあると思うんですよ。知りたい人は多い」社長はゆっくり笑う。
「知りたいニーズはあるやろな」「でもな」少し身を乗り出す。
「手札が全世界に流れたら、俺ら客側はもったいない気もするな」
「博子と行くの含めて価値あるんやで」博子は一瞬、言葉を飲み込む。
(なるほど)確かにそうや。デートコースそのものよりも、
「誰と行くか」で価値が変わる。「そうですね」「ただ社長は、
香水作りデートとかより」「ゆっくりした場所で、私の感情を味わいたい
タイプやと思いますよ」社長は目を細める。「ほう?」博子は淡々と続ける。
「女体だけなら、高級風俗に負ける自信ありますし」一瞬の沈黙のあと、社長が吹き出す。
「ははは!」「お前、ほんま言い方乱暴やな」「でも芯食っとるわ」
博子は肩をすくめる。「福原も雄琴も行くでしょ?」社長は笑いながら頷く。
「行くで。そら行く」「肉体的にも精神的にも、一定は満たされる」「でもな」
グラスを軽く回す。「その上積みは、感情やろうな」
「知的好奇心とか」「承認とか」「自分をちゃんと見てもらえてる感じとか」
博子はゆっくり相槌を打つ。
「そうなんですよ」「でもカウンセリングとも違う」
「セラピーとも違う」「説教でもない」「かと言って、ただ甘やかすだけでもない」
社長は少し黙る。
「……不思議やな」「言葉にすると安っぽいのに」
「実際体験すると、確かに価値がある」博子は微笑む。
「私は、別に癒し屋ちゃいます」「でも、感情をちゃんと扱う場所ではあると思ってます」
「社長はたぶん」「お金で時間を買ってるんやなくて」
「自分の感情を安全に出せる空間を買ってる」社長は一瞬、真顔になる。
「安全か」「そうかもしれんな」「会社では見せられへん顔あるしな」
「部下の前では強い顔」「取引先の前では余裕ある顔」「家では……まあ色々や」
博子は頷く。「だから、派手なデートより」「ゆっくり飲める場所の方が合ってる」
「静かなカウンターで」「どうでもいい話をしながら」「ちょっとだけ本音を混ぜる」
「それぐらいがちょうどいい」
社長は苦笑いする。「お前な」「わしの分析しすぎや」「でも当たっとる」
少し間が空く。「YouTubeに出したらウケるやろな」
「でもな」「博子の手札が増えれば増えるほど」「俺らは焦る」
「全部知ってる気になったら、面白さ減るやろ」博子は頷く。
「確かに」「ネタバレは価値を下げることもあります」
「でも、全部出しても」「実際に味わえるかどうかは別ですけどね」
社長は笑う。
「それがまた憎いところやな」「お品書き見せられても」
「実際は博子という調理人がいて初めて成立する」
博子は小さく笑う。「料理人言われたの初めてです」
「でも悪くない」社長はグラスを掲げる。
「女体は上には上がある」「金も、わしより持っとる奴は山ほどおる」
「でもな」「感情をちゃんと扱える女は少ない」
「そこが博子の価値や」博子は少しだけ視線を逸らす。(また距離が近づきすぎる)
「だからこそ」「ほどほどでお願いしますね」
「深掘りしすぎると、依存になります」
社長は笑う。「分かっとる」「言葉は乱暴やけど」「芯を食っとる」
「それが面白い」静かな空気が流れる。
派手な音もなく。シャンパンの泡もなく。
ただ、黒霧島の水割りが揺れている。
ヒロコは思う。(YouTubeに流す価値はある)
(でも、この空気は切り取れへん)
画面越しでは届かない温度。だからこそ、今ここにいる。
グラスを合わせながら、博子は静かに微笑んだ。




