表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

105/714

荒れている社長の卓につく。面白い話しろやと言われ、戸惑うも感心される。指名はいる

博子がフリーで回された先は、荒れている社長の卓だった。

ハウスボトルのグラスを片手に、社長はすでに少し荒れている。

「なあ、この店もあんまおもんないな」そう切り出されると、

間髪入れずに不満が続く。女の子は気の利いた話もできない。

ドリンクはねだる。指名もらってもいいかと聞いてくる。

それが悪いわけやないけど、なんやこれは、という調子だった。

ヒロコは一瞬だけ呼吸を整える。こういう空気の時に、言い訳や反論は

逆効果だとわかっている。「すいません」自然に、少し頭を下げる。

「店の子が行き届いてなくて、申し訳ないです」

すると社長はグラスを軽く置いて言った。

「ちゃうちゃう。店の子がどうこういう話やない」

キャバ嬢なんて、一人で戦うプライベート競技やろ。

誰かの責任にする話ちゃう。そう言いながら、視線をヒロコに向ける。

「で、お前はなんかおもろい話ないんかい」

雑で、投げっぱなしな振り方だった。ヒロコは一瞬、言葉に詰まる。

大爆笑を取れるような鉄板ネタなんて、持っていない。

「すいません」正直に言う。

「そんな面白い話とか、特にないんですけど……」

一拍置いて、思い出すように続ける。

「昨日は、会計士の先生とコンカフェ同伴をさせてもらってました」

社長が少しだけ眉を動かす。

大阪の泉の広場から東通りの端にある、小さいコンカフェ。

会計士の先生と一緒に行って、オムライスを作ってもらって、

ケチャップで絵を描いてもらったり。2ショットチェキを撮るのを照れながら

楽しんでるのを、横で見てたり。そのあと、こっちに来て二セットほど飲んでました。

淡々と話すと、社長は少し黙った。「……なんか変わった遊び方するんやな」

「そうですか?」博子は首をかしげる。

「別に、爆笑トークを求めてるわけでもないねん」

社長はそう言いながら、グラスを回す。「酒の失敗もあるけどな。

それより、こっちが知らん気づきみたいなんが欲しかったんや」

博子は少しだけ言葉を選ぶ。「でも、ああいう荒れた飲み方されてると……」

正直に続ける。「こっちも身構えてしまいますし、萎縮してしまいます」

二十歳そこそこの女の子に、大爆笑トークを求められても限界がある。

それは多分、芸人さんの仕事だ。「私は私で、積み上げてはいますけど」

「それも、特別面白いことというより、日常の延長で工夫してるだけですよ」

社長はしばらく黙ってから、短く笑った。

「あー……そうか」「俺の言い方も悪かったな」

今日は結構酔ってるし。そう前置きして、水を一杯頼む。

「こうやって遊んでくれる人も、減ってくんやろな」

ぽつりと漏らすその声には、少しだけ反省が混じっていた。

博子はそれ以上、踏み込まない。ただ、黙って一緒に水を飲む。

少し間を置いて、社長が顔を上げる。

「なあ」「指名するから、ちょっと話に付き合ってくれや」

その一言で、空気が変わる。無理に盛り上げたわけでも、迎合したわけでもない。

ただ、自分の立ち位置を崩さずに話した結果だった。

「ありがとうございます」博子は静かにそう言って、席に腰を落ち着けた。

この仕事は、全部がうまく噛み合うわけじゃない。

けれど、たまにこうして、少しだけ理解が交差する瞬間がある。

それで十分だと、博子は思っていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ