ワンルームマンション販売兄さんが指名でワンセット来店。その後苦手な卓にいく
不動産会社の社長を見送ったあと、店内が一瞬だけふっと静かになる。
さっきまで座っていた席に残るのは、氷が少し溶けたグラスと、話題の余韻だけだ。
そのタイミングで、ワンルームマンションの営業の兄ちゃんが顔を出す。
「とりあえず来たで」そんな軽い一言だったけど、それが妙にありがたかった。
今日はワンセットだけ、という前提で指名をもらい、ドリンクも一杯。
高い酒でもないし、長居もしない。それでも「顔出した」という事実が、
この仕事ではちゃんと意味を持つ。
兄ちゃんは椅子に座るなり、少しだけ肩を落とした。
「正直しんどいっすわ」ゴールデンウィーク前で、客の動きも微妙。
一本決まったと思ったら次が続かない。外れが続くと、気持ちも削られる。
博子は相槌を打ちながら、急かさずに聞く。こういう時は、アドバイスよりも
「吐き出せる場」であることの方が大事だと、最近わかってきた。
ワンルームは数が出る分、外れも多い。決まる時は一気にいくけれど、
空振りが続くと精神的にくる。だから最近は、ファミリー向けや中古も
視野に入れて模索しているらしい。「どれが正解かわからんくなりますよね」
博子がそう言うと、兄ちゃんは少し笑った。「それな。結局、
必死な時ほどろくな判断せえへんし」だからこそ、無理しすぎないこと。
体だけは壊さないでくださいね、と伝えると、「ほんまそれ。
倒れたら終わりやもんな」そう言って、グラスを空ける。
ワンセットはあっという間に終わる。派手さはないけれど、
ちゃんと意味のある時間だった。「また愚痴りに来ますわ」
「いつでもどうぞ。しんどい時ほど来てください」
そう言って見送る。無理に引き留めない。それが、今の博子のやり方だった。
席を離れ、フリー待ちに戻る。店内を見渡すと、少しざわついた卓が目に入る。
一人の社長が大きな声でぎゃあぎゃあと喋っている。
周りの空気を気にせず、酒の勢いで押し切るタイプ。
正直、あそこにはつきたくないな、と思ってしまう。
テンポも合わないし、消耗するのが目に見えている。
でも、フリーは選べない。黒服に軽く合図され、
「次、あそこお願い」一瞬だけ、心の中で小さく息を吐く。
さて、どうしたもんかな。そう思いながらも、表情は崩さず、背筋を伸ばす。
仕事は仕事だ。避けられない局面もある。
それを一つひとつ乗り越えていくしかない。
博子はそう自分に言い聞かせながら、
ざわつく卓へと歩いていった。




